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北方領土「2島返還」交渉を破壊した小泉元首相の大罪

小泉元首相が「2島+α」で動き出した北方領土交渉に、反対する発言をしている。小泉氏は、首相在任時に、進展し始めていた北方領土交渉を決裂させた前科を持ちながら、何を寝言をいっているのか。

小泉純一郎元首相がTBSの番組で以下のように発言していた

小泉純一郎元首相は27日のBS-TBS番組で、ロシアとの平和条約締結交渉を巡り「北方四島は日本の領土だと、帰属を明確にしてから条約を結ぶべきだ。ロシアが不法占拠しているとの主張を変えては駄目だ」と述べた。歯舞(はぼまい)群島と色丹(しこたん)島の2島先行返還の是非に関しては「4島の帰属を日本に認めて、最初に2島返還するというならばいい」と強調。同時に「ロシアもしたたかだ。帰属を明確にするとは言わないだろう」と語った。
引用元 産経新聞 日露平和条約は「四島が日本領と明確にしてから」 小泉純一郎元首相

小泉氏は首相在任時、森元首相が2島返還で交渉をまとめようとしていたにも関わらず、4島一括返還を強硬に主張して、過去の外交努力を水の泡にした張本人である。

小泉元首相が北方領土交渉を破壊した過去

森首相(当時)とプーチン大統領との間で署名されたイルクーツク声明。その声明で1956年の日ソ共同宣言が、交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを文書で確認している。ここで冷戦に翻弄された北方領土問題が基本的文書に立ち返って交渉されることになった。また歯舞・色丹2島と国後・択捉2島の分離協議を提案し、北方領土問題は動きかけた。

●イルクーツク声明のポイント

イルクーツクでの首脳会談の大事な部分とは何でしょうか。ポイントは2つです。歯舞・色丹の2島について、日本への具体的引き渡しの協議をしようということ。もう一つは、国後・択捉についてはどちらに帰属するかの協議を行おう、というものです。日ソ共同宣言の引き渡し交渉と、国後・択捉の帰属も同時に話し合う並行協議案ですが、これについて、プーチン大統領は「承った」と、持ちかえって協議することになったのです。

東洋経済オンライン 鈴木宗男氏「北方領土への誤解が多すぎる」

●イルクーツク日ロ首脳会談の概要

1.平和条約交渉

(1)イルクーツク声明を採択し、日露両国がクラスノヤルスク合意に基づき平和条約の締結に向けて全力で取り組んできた結果 を総括し、今後の平和条約交渉の新たな基礎を形成することができた。
その主要点は、
(イ)56年の日ソ共同宣言が平和条約交渉の出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認し、
(ロ)その上で、93年の東京宣言に基づき四島の帰属の問題を解決することにより平和条約を締結すべきことを再確認し、
(ハ)あり得べき最も早い時点で平和条約締結へ向けた前進の具体的方向性を決定することで一致したこと、である。
(2)この問題についての議論の中で、以下のような点が触れられた。

56年の日ソ共同宣言の位置付け及び今後の平和条約交渉の進路等について、率直で建設的なやりとりが行われた。具体的な合意がなされた訳ではないが、プーチン大統領には、日露の全ての問題を双方の名誉と尊厳が満たされるような解決に早く導きたいとの熱意、誠意が感じられ、森総理も同じ決意を持って日本の立場を説明した。
プーチン大統領は、NHKインタビューで56年宣言につき述べた点は、歴代のロシアの首脳として初めての困難な言及であったと述べた。
今後、平和条約交渉を加速化し、専門家協議やよりハイレベルな協議を必要に応じて機動的に開催していこうということで意見が一致した。
プーチン大統領より、60年の対日覚書は、大統領自ら「56年の日ソ共同宣言は有効である」と明確に述べたことに伴い、その意味合いは変わった旨を示唆した。
引用元 外務省 イルクーツク日露首脳会談

このように、合意とまではいかないまでも、日本とロシアは同じ認識(日ソ共同宣言)を基に問題解決へ前進するはずだった。

しかし、森元首相の後継であった小泉氏は、「原点に戻る」「4島一括返還」を主張し、全てをぶち壊した。この4島一括返還回帰がどれほど交渉を破壊したかは、イルクーツク声明前後、そして小泉氏が当事者であった日ロ行動計画後の動きを見れば一目瞭然だ。

2003年1月 日露行動計画

モスクワにおいて、小泉純一郎総理とプーチン大統領が会談し、日露行動計画を採択しました。
同計画及び共同声明において、北方領土問題では、過去の諸合意を基に四島の帰属の問題を解決して平和条約を可能な限り早期
に締結し、もって両国間の関係を完全に正常化すべきであるとの決意を確認しました。

2013年 4月 日露パートナーシップ共同声明

モスクワにおいて、安倍総理とプーチン大統領が会談し、日露パートナーシップ共同声明に採択しました。
「声明」中では、
1 第二次世界大戦後67年を経て日露間で平和条約が締結されていない状態は異常であることで一致しました。
2 両首脳の議論に付すため、平和条約問題の双方に受入れ可能な解決策を作成する交渉を加速化させるとの指示を自国の外務
省に対し共同で与えることで合意しました。
引用元 内閣府 返還交渉の経緯

小泉首相が破壊した交渉が動き出したのは、日ロ行動宣言から10年のときが過ぎた2013年の安倍総理とプーチン大統領が採択した日ロパートナーシップ共同声明からだ。まさに失われた10年である。

小泉政権が森元首相が前進させた北方領土問題をぶち壊したとジャーナリストの田原総一朗氏が語る。

過去を振り返れば、歴代首相は北方領土の返還に向けて粘り強く交渉してきた。とくに森喜朗首相の時代、プーチン大統領と交渉して、「2島返還」は、かなり進んだ。ところが、次の小泉純一郎政権の田中真紀子外相が「4島一括論」を主張して、ぶちこわしたという経緯がある。
引用元 北方領土の2島返還、僕はこう読む!

ロシア側からすれば、国同士の話し合いで進んだことを、政権が変わったとはいえ、同じ自民党で主張を変えられては話にならないということである。
これではまるで、鳩山元首相が普天間基地返還交渉でやからしたような振る舞いだ。

また、ロシアきっての知日派のパノフ元駐日大使も2008年1月の北海道新聞にて、ロシア側が「並行協議」の受け入れを拒否した経緯につき、「ロシアの拒否は、日本側が拒否したから。当時、小泉政権が『四島一括』の原則に姿勢を転換し、交渉基盤が崩れた」と指摘している。小泉元首相がすべてをぶち壊したと日ロ双方の専門家が指摘しているのである。

小泉氏の大罪については、鈴木宗男氏(政治家)と有馬晴海氏(政治評論家)の対談でも触れられている。

しかし、2001年4月に小泉政権が誕生すると、話が変わってしまいます。信じられないことに、2002年5月ラブロフ外相と会った川口外相は、このとき日本の側から交渉の旗を降ろしてしまうのです。米国一辺倒になった小泉政権の方針ですが、同じ政党なのに政策を大転換してきた日本の態度に、プーチン政権側がびっくりして、不信感を強めたのは想像に難くありません。このあと2012年末に第2次安倍政権が誕生するまで、日ロ関係は「空白の10年」になりました。
引用元 東洋経済オンライン 鈴木宗男氏「北方領土への誤解が多すぎる」

小泉氏が「4島一括返還」を訴えた結果、北方領土問題は長い間暗礁に乗り上げた。4島一括返還を唱え、時間を浪費したことを忘れたか、見なかったことにしているかのようだ。そしてこの問題に対して、なにか責任ある行動を過去とってもいない。世論や国際情勢を無視して都合のいい言葉ばかりを並べ、国民を煽動することは無責任であり、罪である。小泉氏が主張した4島一括返還はその経緯を見れば失敗なのは明白だ。失敗を認めたくないために、「4島一括返還」を唱えているとしか思えない。普天間の鳩山由紀夫なら、北方領土の小泉純一郎と後世の歴史家は評価するに違いない。

今回、「2島+α」で動き出した北方領土交渉を、また持論の4島一括返還論で破壊することはやめていただきたい。
これ以上晩節を汚すべきではない。

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