
【同志社は辞任、知事は沈黙】公開討論会で浮き彫りになった「政治的責任」の不在
8月23日、那覇市で開かれた沖縄県知事選の立候補予定者による公開討論会で、辺野古沖転覆事故を巡る「平和教育」のあり方が改めて焦点となった。そこでより鮮明に浮き彫りになったのは、玉城デニー知事の「政治的責任」への徹底した回避姿勢である。
討論会で玉城氏はこう述べた。
「事故は平和教育というより安全管理体制の不備が大きな問題だと指摘されている。(戦争について)さまざまな場所で学習するための取り組みこそが、沖縄における平和学習の基本。歴史的な証言や資料をもとに学ぶのが従来の沖縄の平和教育の原点だ」
これに対し、下地幹郎氏は即座に批判した。
「玉城氏の話は問題だ。亡くなった高校生は平和学習の名の下にあの船に乗った。平和教育のあり方が問題であり、運航管理が先に来ること自体が知事としての責任を放棄している。県が進める平和教育が事件を起こしたという反省を全く持ってない」
古謝玄太氏も「賛否が分かれる基地問題はもう片方の意見を聞き、学生が自発的に考える機会を設けることも重要だ。文科省の調査は一定理解する」と、多角的な視点の必要性を指摘した。
このやり取りは、事故の本質を「安全管理」だけに矮小化しようとする知事の姿勢を、選挙の場で明確に問いただしたものだ。
実際、事故から約5カ月が経過した今、学校法人同志社の八田英二理事長は責任を取って理事長職を辞任する意向を示し、西田喜久夫校長も8月末で退任する見通しとなった。第三者委員会が「明らかな安全配慮義務違反」を認定した以上、直接の運営責任を負うトップがけじめをつけるのは、遅きに失した感はあるものの自然な流れである。
一方で、県政のトップである玉城知事はどうか。
県は長年、修学旅行の誘致と「平和学習」を積極的に推進してきた。その延長線上で、辺野古移設反対の抗議船に生徒を乗せるようなプログラムが「平和学習」としてまかり通る環境が生まれた。文部科学省が「特定の見方に偏った」と教育基本法違反を認定した内容について、知事は「踏み込みすぎだ」「沖縄の平和教育全般が偏向しているわけではない」と繰り返し擁護してきた。
安全管理の不備が重大であることは間違いない。しかし、それを認めつつ教育内容の問題を完全に切り離し、「推進してきた立場としての責任」に一切触れないのは、説明責任の放棄にほかならない。政治的責任とは、必ずしも法的責任を意味しない。自ら掲げ、推進してきた政策や価値観が、結果として危険で偏向した教育を生む土壌になった可能性を認め、是正の方向を示すことだ。
公開討論会で他候補から「責任放棄」と指摘されても、なお「安全管理の問題」に話を収束させる態度は、県民の生活と安全を預かる知事として、信頼を大きく損なうものと言わざるを得ない。同志社がトップの辞任という形でけじめをつけようとしている今、県政の責任者にも同等の説明責任が求められている。
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