歴史に刻まれた悪夢の震災対応:教科書でも無能扱いの菅直人と枝野代表

2013年3月に検定を合格した、歴史教科書のシェアトップ(採択率60%)の山川出版の「日本史A」と「新日本史」は、菅内閣の震災対応をボロクソに酷評した。

日本史Aは「震災処理の不手際もあって菅内閣は同年8月に総辞職に追い込まれ(た)」と評価。新日本史は「菅内閣は、原発事故による放射能汚染の情報を十分に国民に開示しなかったことや、震災からの復興計画の立案と実行が遅れたことから、国民の批判を浴びて倒れた」と全否定した。

なぜ、こうなったのか。

事前準備からして落第

①津波対策法案を放置し廃案に

2010年のチリ地震の際、避難した住民は3.8%にとどまった。2010年6月、自民党議員はこれに危機感を抱き、公明党と共同で津波対推進法を議員立法として提出した。しかし、菅直人と民主党はこれを無視。審議すらせず放置した。

菅直人と枝野代表が放置し続けた津波対策法案は以下の通り。

(1)津波の観測体制の強化や調査研究の推進
(2)防災上必要な教育や訓練の実施
(3)必要な施設の整備などを列挙

特にこの法案は11月5日を「津波対策の日」として指定し、政府と各地方自治体が避難訓練を行う努力を求めるものだった。もし早期に成立していれば、2010年11月5日に津波からの避難訓練が行われ、教育による津波の危険性についての認知度も向上し、多くのの生命が救われていた可能性があったのだ。

だが、繰り返しになるが菅直人と官房長官だった枝野代表は、これを放置し続けた。

厚顔無恥が裸で歩いているような菅直人ですら、この事実は国会答弁で認めている。「もっと早期に通していれば、もっと多くの人命が救えたはずだ」と。だが、既にすべてが遅かった。

②原発事故の防災訓練を忘れる

 18日の参院予算委員会で菅直人首相が自ら参加した原発事故を想定した防災訓練の内容を問われ、「詳しくは記憶していない」と答弁する一幕があった。

自民党の脇雅史氏が「原子力総合防災訓練のテーマを覚えているか」と質問。首相は「詳しい内容は記憶していないが、いろいろな地震等を想定したことではなかったか」と答弁した。首相は昨年10月、本部長として中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)を舞台にした原子力総合防災訓練に参加。放射性物質放出の恐れが出たという想定だった。

脇氏が「今回と同じ想定だ。何の記憶もないのか。何のための訓練か」と詰めると、首相は「原子力事故は過去に多くあったので、一般的な認識は持っていた」などと釈明した。

引用元 原発事故想定の防災訓練、首相「詳しくは記憶してない」(2011年4月18日)

自らが参加した防災訓練をまったく記憶していなかった菅直人。原発事故想定の訓練でもこうなのだから、その他の防災訓練も同様だったことは想像に難くない。

記憶力のなさに定評のある菅直人。

事後対応も最低最悪

事前の準備がポンコツならば、事後対応はさらにひどかった。原発事故対応に夢中になり、被災者の救援を忘れたのだ。

当時の読売新聞は、「政府無策の6日」と題する記事を書いているが、後世の為にも紹介しよう。

東日本巨大地震の被災地に十分な食料や生活用品が届いていないことについて、政府の取り組みの不十分さを指摘する声が出ている。

菅首相らは東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応に忙殺され、十分な手だてがとれていないのが実情だ。

16日に開かれた政府の緊急災害対策本部で、首相は「食べ物、水、燃料に関して各地から不足の声が上がっている。全力を挙げてその原因を取り除く努力をしてもらっているが、一層の努力をお願いしたい」と述べた。首相は12日の国民へのメッセージで、「避難所に食事、水、毛布、暖房具を送り届ける態勢を進めている」としていた。しかし、実際には発生から6日目の16日になっても、物流が滞ったままであることを認めざるを得なかった形だ。

被災者対策の司令塔である同本部は11日の発足以来、計11回の会合を開いた。しかし、会合後の枝野官房長官の記者会見で、物流正常化に向けた具体策が発表されたことはない。

枝野氏はそのほかにも何度も記者会見に臨んでいるが、大半は原発事故の現状と政府の対応の説明に終始しているのが現状だ。与党内でも「首相も枝野氏も原発の事故に集中し過ぎて、被災者支援が手薄になっている」(民主党中堅議員)という声が出ている。

今回の巨大地震で鉄道がストップし、港湾施設も被害を受けたが、緊急輸送道路となる東北自動車道などは利用可能だ。各地のトラック協会などが物資輸送に協力すると申し出ても、政府が被災地から帰るための燃料の確保に策を講じようとしないため、断念するケースもあるという。「優先的に燃料を補給する措置を取ることなどで、輸送を増やす手だてはまだある。物資が足りていないわけではない」という指摘もあり、政府の対応が問われる状況となっている。

引用元 読売新聞(2011年3月17日)

菅直人と枝野代表のコンビの頭脳から被災者がすっかり消えていたことは、他にも報道されている。

明らかに菅政権の震災対応は後手に回っていた。東北の被災地では支援物資やガソリンが不足するなど、「遅い、鈍い、心がない」と大ひんしゅくを買ったのは当然の評価だ。

また、枝野代表は6年以上たっても被災者に関心はないようだ。2017年の衆院選で、枝野代表は、被災地の仙台市で第一声を行う機会を得た。だが、彼は政権批判と「まっとうな政治」というスローガンを繰り返すばかりで、「草の根からの政治」が大事だと言いながら、被災地の震災復興については一言も触れなかった。(参考記事


震災の事前準備もなく、事後対応は更にポンコツであり、多くの死者を出し、被災者を長期間苦しめたのが菅直人と民主党政権(現在の立憲民主党の幹部)だ。彼らは、憲政史上最低最悪の危機管理を行ったのだ。

そのリーダーとNO2は、今、立場を入れ替えて、枝野幸男立憲民主党代表、そして、菅直人最高顧問として、反省無きままに国会内に存在している。

東日本大震災のA級戦犯の公職追放は急務だ。

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