日本の報道は自由がないのか?自由すぎるメディアを批判する姿が世界にうつったのでは?

日本の「報道の自由」に懸念=5年ぶり審査で国連人権理

【11月14日 時事通信社】国連人権理事会は14日、日本を対象とした人権審査の作業部会を開いた。対日人権審査は、2012年10月以来5年ぶり。会合では、米国など加盟国の一部から日本の報道の自由に関する問題が初めて取り上げられ、懸念が示された。

米国は、放送局の電波停止権限を規定する放送法など「メディアに対する規制枠組みを懸念」しているとして、政府から独立した監督機関の設立を提言。オーストリアやブラジルなどもメディアの独立性や特定秘密保護法に懸念を示した。日本側は「政府が不当な圧力をかけた事実はない」と反論した。

日本での報道の自由をめぐっては、人権理のデービッド・ケイ特別報告者が5月に調査報告を公表。特定秘密保護法や放送法の改正を勧告していた。

人権理の「普遍的定期審査」では、国連加盟の全193カ国の人権状況が定期的に審査される。日本は08年5月に初めて実施され、今回が3回目。14日の作業部会では前回までと同様、従軍慰安婦問題について韓国、北朝鮮、中国が懸念を表明。死刑制度に関しても、欧州を中心に多くの国が廃止を勧告した。(c)時事通信社

フリーダムハウスの報道の自由度では日本は44位

報道の自由度ランキングはどう偏っているのか – iRONNAより

国境なき記者団のランキングは日本の多くのニュース・メディアがセンセーショナルに報道したので、ご存知の方は多いと思う。先進国であるはずの日本が報道の自由度で180カ国中72位(前年61位)と低位にランクされたというニュースは、確かにインパクトがあった。

中略

Googleトレンドのスコアではフリーダムハウスが国境なき記者団を圧倒するように、グローバルな認知度ではむしろフリーダムハウスの方が高いとも言えるのだが、日本が全体の44位というフリーダムハウスの結果は良くも悪くもない印象で、ニュースとして扱うには平凡に過ぎたのだろう。

フリーダムハウスと国境なき記者団では何が違うのか?

フリーダムハウスのランキングは、ツバルやソロモン諸島等の小国を網羅し、国境なき記者団が一まとめに扱う東カリブ諸国機構(OECS)についてもその構成国をそれぞれ別個に評価していることから、実は評価対象が20カ国も多く、両者を比較するにはまずここを調整しなくてはならない。
 両者がどちらもカバーする評価対象は179カ国。その中での日本の順位は、フリーダムハウスが33位、国境なき記者団は変わらず72位だ。72位 vs 44位でも印象はかなり違ったが、72位 vs 33位となれば、違いはさらに際立つ。

なぜこんなに偏るのか?

偏りがあるのは当たり前

 「報道の自由度(ランキング)」はどちらも偏っているし、そうなるのは当然のことだと言うのが、私の見方だ。こうした定性的な評価に基づく指標には、ランキング作成者の「価値観」が必ず反映されるからだ。
 両者の評価手順を比べると、NGO自身が事前に決めた基準に従い専門の分析者が評価するフリーダムハウスに対し、国境なき記者団では当該国の関係者数十名程度のアンケート結果を数式に当てはめて評価値を算出するという違いがある。設定する評価基準や数式をどう決めるか、アンケート回答者として誰を選ぶか等によって、それぞれの組織の価値観が反映される。
 評価のプロセスに価値観が反映される以上、そこに相応の偏りが生まれるのは自然なことなのだが、そうした偏りは、両者の評価点の分布によく表れている。
 下図では、各国の評価点の平均からの距離を標準偏差の倍率として表し、その分布を比較している。
オレンジ棒が示すフリーダムハウスの評価点は、均一に近い平たい分布だ。基準に従い専門の分析者が評価を行うやり方は、分布を平均的に散らすような調整に向いているのだろう。

 他方、青棒が示す国境なき記者団の評価点は、尖度が大きめの分布だ。尖度とは、確率分布の特徴を表す指標の一つで、尖度が大きい分布は中心が鋭く尖る一方、厚く長く伸びた裾を持つ。いわゆるファットテールだ。

左右の非対称性も国境なき記者団の特徴で、低評価方向にのみテールが長く伸びている。多くの国が平均近くに集まる中、一部の低評価の国を特に低く評価した分布だと言えるだろう。平均周辺に多く集中するのは、十分に組織展開できない国ではアンケート協力者を確保しづらい、といった事情があるのかもしれない。

国境なき記者団はアジアが嫌い?

 両ランキングの相対的な偏りがより顕著に表れているのが、地域ごとの扱いの違いだ。国境なき記者団がフリーダムハウスと比べ特に厳しく評価したのは、もちろん日本だけではない。
両者の評価順位の差を相対的な厳しさの指標とすると、国境なき記者団が最も厳しく評価した国はフィリピンで、以下、インド、マリ、インドネシア、ブルガリア、イスラエル、東チモール、モンテネグロ、日本と続く。アジアの国が目立つ印象だ。
 実は、二つのランキング順位の差を地域ごとに平均すると、アジア太平洋が断然、国境なき記者団が相対的に厳しい態度をとっていることが分かる。(フリーダムハウスが相対的に優しい。)
 逆に、ユーラシア(ロシア等)に対しては、フリーダムハウスの方が相対的に厳しい。(国境なき記者団が相対的に優しい。)
 米国のNGOがアジアに相対的に寛大で、フランスのNGOが旧ソ連地域に相対的に寛大だという傾向には、納得できる。政情や歴史的経緯、地政学的な関係等が影響しているのだろう。
地域ごとに偏りがあるのではあまり信憑性がありませんね。

表:ランキング順位差(国境なき記者団 - フリーダムハウス)の地域別平均

ユーラシア       -14.8位(かなり優しい)

サブサハラ・アフリカ  -7.7位(優しい)

北中南米        +1.4位(ほぼ同程度)

中東・北アフリカ    +1.5位(ほぼ同程度)

ヨーロッパ       +5.7位(厳しい)

アジア太平洋      +13.8位(かなり厳しい)

注:()内は、フリーダムハウスと比較した場合の国境なき記者団の相対評価。

比較して分かること

 このように二つの「報道の自由度(ランキング)」を比べることで、どちらが正しいか分かるかというと、そうではない。そもそも、どちらか一方が正しいというようなものではない。
 日本に関して明らかに言えるのも、「誰がどのような方法で計測するかによって、同様の指標で72位にもなれば33位にもなる」ということくらいだろう。
 だが、身も蓋もない言い方になるが、こうしたランキングに一喜一憂するのが如何に馬鹿らしいかということだけは、分かって頂けるのではないだろうか。

確かに馬鹿らしいですが、今回はこのような結果を踏まえての国連人権理事会の発表。

本当に日本に報道の自由は危機にあるのだろうか?

私はそうは思わない。

偏向報道により国民は振り回され、国民は疑心暗鬼におちいり、時には報道の力で選挙結果が左右することもある。

例をあげれば、先の小池知事の「排除」などはそうである。「排除」=「切り捨て」と小池知事を冷徹なイメージにしている。

もし、「排除」=「線引き」という言葉の意味合いで報道していたら随分違ったものになったであろう。

偏向報道もそうであるが、報道しない自由も随分目立つ。

加計問題の加戸前知事の発言などはほとんど報道されず、ネットで知った人も多かった。

このように、放送法を無視したメディアが堂々と公共の電波を使用しているのだから、日本の報道は自由すぎると私は思っている。

もし、世界が日本に報道の自由が奪われていると考えるのならば、政治家が偏向報道に対し苦言をしている事だろう。

ただそれだけ聞き捨てならない報道があるのだから、それは報道の自由を笠に着るメディアの自業自得だと思う。

安倍首相になってからランキングが低下しているのも、メディアが安倍一強を叩きまくっているあらわれではないだろうか。

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