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サンフランシスコ市長エドウィン・M・リー氏が急死、ネットでは陰謀説も流れる。

サンフランシスコ市長が急死 中国系、弁護士出身のエドウィン・M・リー氏

リー市長は両親が共に大陸中国系であり、このことがサンフランシスコ市長の『ソウル市名誉市民』選定に影響したと思われます。また、二つの都市が1976年5月に姉妹都市を結んでから40周年になる年であました。

それから二ヶ月後の、2017年1月18日サンフランシスコ市 アート・コミッションのビジュアル・アート・コミティーにてある慰安婦のモニュメントと碑文が公開されます。

<原文・英語>

“Our worst fear is that our painful history during World War II will be forgotten”

––former “Comfort Woman”

This monument bears witness to the suffering of hundreds of thousands of women and girls, euphemistically called “Comfort Women,” who were sexually enslaved by the Japanese Imperial Armed Forces in thirteen Asian-Pacific countries from 1931 to 1945. Most of these women died during their wartime captivity. This dark history was hidden for decades until the 1990s, when the survivors courageously broke their silence.

They helped move the world to declare that sexual violence as a strategy of war is a crime against humanity for which governments must be held accountable.

This memorial is dedicated to the memory of these women, and to the crusade to eradicate sexual violence and sex trafficking throughout the world.

Gift to the City from the “Comfort Women” Justice Coalition

www.remembercomfortwomen.org

Collection of the City and County of San Francisco

<日本語>

「私たちが最も恐れることは、第二次大戦中に私たちが経験した苦しみが忘れ去られることです」

−かつての「慰安婦」

この記念碑は、婉曲的表現で「慰安婦」と呼ばれる、実際には1931年から1945年までアジア太平洋の13カ国において日本帝国陸軍の性奴隷であった数十万の女性や少女の苦しみを証言するものです。性奴隷にされた女性や少女たちのほとんどが捕らわれの身のまま亡くなりました。この陰惨な歴史は、1990年代に生存者が勇気を持って声を上げるまで数十年間も隠しとおされてきました。

生存者たちの行動は、性暴力は政府が責任を取るべき人道に対する罪であることを世界が断言するための後押しとなっています。

この記念碑は性奴隷であった女性たちに捧げるためのものであり、現在でも続く世界中の性暴力や人身売買の撲滅運動を支持するためのものです。

「慰安婦」問題解決のための連合 よりサンフランシスコ市への寄贈

サンフランシスコ市及びサンフランシスコ郡の所蔵品

https://www.facebook.com/comfortwomenjusticecoalition/

反日勢力により慰安婦のモニュメントと碑文は実に巧みにサンフランシスコ市に設置されていくことになりました。
上記のとおり、「私有地」にまず慰安婦モニュメントと碑文はに設置されます。その後、サンフランシスコ市に寄贈されることになります。
「ソウル市名誉市民」である中国系のリー市長のもとで、慰安婦像・碑文の寄贈の受け入れを、サンフランシスコ市議会が可決したのは11月14日のことです。
慰安婦モニュメントを見越した「名誉市民」でしょう。実に巧みな根回しです。
これを受けて大阪市の吉村洋文市長が、エドウィン・M・リー市長宛てに書簡を送り、このまま手続きが進めば姉妹都市の関係解消に踏み切るとした上で、リー市長に「拒否権行使という思慮深い英断を強く望む」と抗議いたしました。
この大阪市長の行動は日本でも賛否両論で意見が真っ二つとなる状況が現在でも続いております。
そもそもなぜ70年以上前の慰安婦像・碑文が何の関係も無いアメリカはサンフランシスコのしかも「公有地」に建てられなければならないのか?この寄贈の動きは、アメリカの韓国系団体と中国系団体による反日活動のほかありません。
吉村市長の怒りはもっともであります。

慰安婦像・碑文の寄贈受け入れ、「拒否権行使を強く望む」 大阪市長がサンフランシスコ市長へ書簡

書簡で、吉村市長は「市議会の決定を私はこの上なく遺憾に感じている」と表明。姉妹都市である大阪市とサンフランシスコ市の「信頼関係を根本から揺るがす事態」と強調した。http://www.sankei.com/west/news/171120/wst1711200032-n1.html

また碑文にはこう記されております。

 「日本帝国陸軍の性奴隷であった数十万の女性や少女の苦しみ」

「性奴隷にされた女性や少女たちのほとんどが捕らわれの身のまま亡くなりました。」

「この陰惨な歴史は、1990年代に生存者が勇気を持って声を上げるまで数十年間も隠しとおされてきました。」

呆れるほどのデタラメな文言であります。すべてにおいて事実無根でアメリカに反日イメージを植え付けるものでしかありません。
しかしながら、この歴史事実を検証もせずにリー市長及びサンフランシスコ議会は可決をしてしまいました。
このリー市長の訃報を聞いてネットでは。

#リー市長 hashtag on Twitter

【訃報】米サンフランシスコ市のエド・リー市長が逝去 – 2NN 2ちゃんねる 

などと、怨念めいたものや陰謀めいた意見が飛び交っております。
リー市長の死はそれほどタイミング的にも出来過ぎなのでわからないでもありません。
しかし、死者を悪く言うのは少しばかり気が引けるのは私だけでしょうか?
とにかく、日本としてはこれからもサンフランシスコに歴史認識を訴え続けこの問題に対処していかなくてはなりません。
はやくもマニラにも慰安婦像は設置されました。このまま野放しにすれば、慰安婦像が世界に拡散してしまいます。
それにはまず、朝日が捏造したことを認め世界に向けて謝罪しなくては始まりません。
なぜなら、この反日慰安婦運動がおこったきっかけは碑文にある「この陰惨な歴史は、1990年代に生存者が勇気を持って声を上げるまで数十年間も隠しとおされてきました。」とあります。
つまり、1990年代に朝日が捏造報道をした結果がこの慰安婦問題を作り上げたのです。
日本の報道機関がこのような報道をすれば韓国側も鬼の首を取ったがような動きをするのも必然である。
朝日の報道については朝日新聞の慰安婦報道問題 – Wikipediaを参考にしてください。

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