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【脱亜論】福沢諭吉は朝鮮との付き合いに警鐘を鳴らしていた。「背信違約は彼等の持前にして」

背信違約は彼等の持前にして

「福沢諭吉が現代に蘇(よみがえ)ったら、何と言うだろうか?」。帯紙の惹句(じゃっく)にひかれて読み始めた。拓殖大学学事顧問、渡辺利夫さんの新刊『決定版 脱亜論』(育鵬社)である。「我(わ)れは心に於(おい)て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」。

▼福沢は明治18(1885)年に発表した「脱亜論」をこう結んだ。福沢は、朝鮮の近代化をめざす開化派のクーデターを支援していた。しかし、清の介入によって失敗に終わる。悪友とは、清と朝鮮を指す。

▼一部の福沢研究者は、「脱亜論」をアジアへの侵略主義の表れと批判する。渡辺さんの見方は違う。開化派への心情的な思い入れを改め、朝鮮半島の問題に現実的に対処しよう。これが福沢の真意だという。実際、福沢は「謝絶」することなく、朝鮮論を書き続けている。

▼韓国と北朝鮮による南北対話が始まった。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、記者会見で首脳会談の可能性にまで言及した。平昌五輪への参加を表明した北朝鮮の術策に、まんまとはまったようにも見える。対話は、核・ミサイル開発を進める時間稼ぎに使われるのではないか。

▼慰安婦合意をめぐる日韓合意に対する、韓国政府の新方針については、あきれるしかない。日本政府が拠出した10億円を凍結して、同額を韓国政府が負担するというのだ。合意の骨抜きが狙いだろう。日本大使館前の慰安婦像については、解決するよう努力する。そんな約束を守るつもりは最初からなかった。

▼福沢は「脱亜論」から10年余で、ついに朝鮮を突き放す。「左(さ)れば斯(かか)る国人に対して如何(いか)なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前(もちまえ)にして毫(ごう)も意に介(かい)することなし」(「事実を見る可(べ)し」)。その覚悟で韓国との付き合いに臨め、と福沢は言うだろう。http://www.sankei.com/column/news/180111/clm1801110003-n1.html

福沢諭吉のこの体験と言葉にもっと日本が重きを置いていれば現在のようなことはなかったのでしょうか?
儚くも福沢諭吉の「忠告」を我々は生かせずに、ダラダラと無駄な時間を費やしてしまった。
歴史学者の方には、坂本龍馬や武田信玄を教科書に載せるかどうかよりも、過去の偉人がこのように現代の我々に訴えていることを正確に伝えて欲しいと思いました。

福沢諭吉がもし蘇ったら「だからあれほどいったじゃんかよ」っていうでしょうね。


決定版・脱亜論 今こそ明治維新のリアリズムに学べ

内容

福澤諭吉が現代に蘇ったら、何と言うだろうか?中国・朝鮮とどう付き合えばいいのか―。

目次 : 序章 不羈独立―明治のリアリズム/ 第1章 明治維新―なぜ日本は近代化に成功したのか/ 第2章 朝鮮近代化への挑戦と挫折―福澤諭吉と金玉均/ 第3章 福澤諭吉の「脱亜論」―全文を読む/ 第4章 陸奥宗光と日清戦争―清韓宗属関係の切断/ 第5章 果てしなきロシアの野望―三国干渉と極東アジア/ 第6章 生死の中の日本―日露戦争と日英同盟/ 第7章 韓国併合―併合には「理」があった/ 第8章 台湾とは何か―日本統治がもたらしたもの/ 終章 極東アジア地政学の今を読み解く

【著者紹介】
渡辺利夫 : 拓殖大学学事顧問、前総長、元学長。1939年6月山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学卒業、経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授を経て現職。前外務省国際協力有識者会議議長。第17期日本学術会議会員。元アジア政経学会理事長。(公)オイスカ会長。外務大臣表彰。正論大賞。著書に『成長のアジア 停滞のアジア』(吉野作造賞)、『開発経済学』(大平正芳記念賞)、『西太平洋の時代』(アジア・太平洋賞大賞)、『神経症の時代』(開高健賞正賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


脱亜論現代語訳

世界の交通の道は便利になり、西洋文明の風は東に進み、至るところ、草も木もこの風になびかないことはない。西洋の人物は古代と現在に大した違いはないのだが、その活動が古代は遅鈍、今は活発なのは、ただ交通の機関を利用し、勢いに乗じるがためである。ゆえに最近、東洋に国がある民のために考えると、この文明が東に進んでくる勢いに抵抗して、これを防ぎきる覚悟であれば、それもよい。しかし、いやしくも世界中の現状を観察し、事実上それが不可能なことを知る者は、世の移りにあわせ、共に文明の海に浮き沈み、文明の波に乗り、文明の苦楽をともにする以外にはないのである。文明とは全く、麻疹(はしか)の流行のようなものだ。 目下、東京の麻疹は西国の長崎地方より東に進み、春の暖気と共に次第に蔓延するもののようである。 この時、流行病の害をにくみ、これを防ごうとするにしても、果してその手段はあるだろうか? 筆者はその手段は断じてないことを保証する。有害一辺倒の流行病も、その勢いにはなお抵抗できない。 いわんや利益と害悪がともない、常に利益の多い文明はなおさらである。 これを防がないばかりではなく、つとめてその普及を助け、国民を早くその気風に染ませることが知識人の課題である。

近代西洋文明がわが日本に入ったのは、嘉永の開国を発端とする。国民はようやくそれを採用するべきことを知り、しだいに活発の気風が生じたものの、進歩の道に横たわる老害の幕府というものがあり、これはいかんともできなかった。 幕府を保存しようとすると、文明は決して入ってくることができない。なぜかといえば近代文明は日本の旧体制と両立するものではなく、旧体制を改革すれば、同時に幕府も滅亡してしまうからである。 だからといって、文明をふせいてその侵入を止めようとすれば、日本国の独立は維持できなかった。なぜならば、世界文明の慌しい情勢は、東洋の孤島の眠りを許すものではなかったからだ。 ここにおいて、わが日本の人士は、国を重く、幕府を軽いとする大義に基づき、また、さいわいに神聖なる皇室の尊厳によって、断固として旧幕府を倒し、新政府を立てた。政府も民間も区別なく、国中がいっさい万事、西洋近代文明を採り、ただ日本の旧法を改革したばかりではない。アジア全域の中にあって、一つの新機軸を確立し、主義とするのはただ、脱亜の二字にあるのみである。

わが日本の国土はアジアの東端に位置するのであるが、国民の精神は既にアジアの旧習を脱し、西洋の文明に移っている。しかしここに不幸なのは、隣国があり、その一を支那といい、一を朝鮮という。この二国の人民も古来、アジア流の政治・宗教・風俗に養われてきたことは、わが日本国民と異ならないのである。だが人種の由来が特別なのか、または同様の政治・宗教・風俗のなかにいながら、遺伝した教育に違うものがあるためか、日・支・韓の三国を並べれば、日本に比べれば支那・韓国はよほど似ているのである。この二国の者たちは、自分の身の上についても、また自分の国に関しても、改革や進歩の道を知らない。交通便利な世の中にあっては、文明の物ごとを見聞きしないわけではないが、耳や目の見聞は心を動かすことにならず、その古くさい慣習にしがみつくありさまは、百千年の昔とおなじである。現在の、文明日に日に新たな活劇の場に、教育を論じれば儒教主義といい、学校で教えるべきは仁義礼智といい、一から十まで外見の虚飾ばかりにこだわり、実際においては真理や原則をわきまえることがない。そればかりか、道徳さえ地を掃いたように消えはてて残酷破廉恥を極め、なお傲然として自省の念など持たない者のようだ。筆者からこの二国をみれば、今の文明東進の情勢の中にあっては、とても独立を維持する道はない。幸い国の中に志士が現れ、国の開明進歩の手始めに、われらの明治維新のような政府の大改革を企て、政治を改めるとともに人心を一新するような活動があれば、それはまた別である。もしそうならない場合は、今より数年たたぬうちに亡国となり、その国土は世界の文明諸国に分割されることは、一点の疑いもない。なぜならば、麻疹と同じ文明開化の流行に遭いながら、支那・韓国の両国は伝染の自然法則に背き、無理にこれを避けようとして室内に閉じこもり、空気の流通を遮断して、窒息しているからだ。 「輔車唇歯」とは隣国が相互に援助しあう喩えであるが、今の支那朝鮮はわが日本のために髪一本ほどの役にも立たない。のみならず、西洋文明人の眼から見れば、三国が地理的に近接しているため、時には三国を同一視し、支那・韓国の評価で、わが日本を判断するということもありえるのだ。例えば、支那、朝鮮の政府が昔どおり専制で、法律は信頼できなければ、西洋の人は、日本もまた無法律の国かと疑うだろう。支那、朝鮮の人が迷信深く、科学の何かを知らなければ、西洋の学者は日本もまた陰陽五行の国かと思うに違いない。支那人が卑屈で恥を知らなければ、日本人の義侠もその影に隠れ、朝鮮国に残酷な刑罰があれば、日本人もまた無情と推量されるのだ。事例をかぞえれば、枚挙にいとまがない。喩えるならば、軒を並べたある村や町内の者たちが、愚かで無法、しかも残忍で無情なときは、たまたまその町村内の、ある家の人が正当に振るまおうと注意しても、他人の悪行に隠れて埋没するようなものだ。その影響が現実にあらわれ、間接にわが外交上の障害となっていることは実に少なくなく、わが日本国の一大不幸というべきである。

そうであるから、現在の戦略を考えるに、わが国は隣国の開明を待ち、共にアジアを発展させる猶予はないのである。むしろ、その仲間から脱出し、西洋の文明国と進退をともにし、その支那、朝鮮に接する方法も、隣国だからと特別の配慮をすることなく、まさに西洋人がこれに接するように処置すべきである。悪友と親しく交わる者も、また悪名を免れない。筆者は心の中で、東アジアの悪友を謝絶するものである。https://ja.wikisource.org/wiki/%E8%84%B1%E4%BA%9C%E8%AB%96

『脱亜論』原版・昭和版現行版はこちら

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