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【奥茂治判決懲役6ヵ月執行猶予2年】メディアよ一人の男の勇気と、一人の男の苦悩をもっと報道せよ!

奥茂治です。報道の通り本日テジョン(大田)地裁のチョナン(天安)支部で判決が言い渡されました。
私の罪は懲役6ヵ月執行猶予2年の判決でした。
この判決に対して被告本人として刑に関しては妥当な判決であると記者団の前で語りましたがその通りです。
その理由として私が犯したとされる罪は深夜に国立墓地に侵入して作業をした不法侵入罪と、公用物損傷罪を併合した罪で罰されましたが、不法侵入に関しては罪に問れませんでした、それは取り調べの時、昼も夜も下見をして24時間開放されていた側道見つけていた事、その側道から時間外に付近住民が出入していても罪になっていないではないか、と主張したからです。それであっても深夜35キロの石材を担いで3度も往復したのですが裁判所の判断は罪に問えないとの妥当な判断だと思います。
公用物損傷罪について私は所有権者から委任された代理人としての権限で独自に判断して謝罪碑を慰霊碑に取り換えた事は事実として認めたのです。
しかし裁判所は謝罪碑の所有権について誰の物か不明であり仮に吉田家の物であるとしても管理者である公務所(日本で言う国の機関)が使用中の物件を損傷したと認定して公用物損傷で懲役6カ月罪に当たると判断されました。
その罪に関しては韓国刑法では7年以下の懲役との法規定があり順法の精神からするとむしろ軽い判決だと思います。
私は罪の軽重ではなく判示された内容が私の主張を汲んでいるか?その判決文に違法性が見いだせたら控訴すると断言しました。
その要点は、私はこの謝罪碑の碑文に記載された吉田清治の文章が真実であれば韓国まで出かけてわざわざ犯罪人になったりしないのは明白であり、碑文が虚偽だからこそ犯した行為であると犯行動機をこれまで供述して来ました。そして私の罪を問うなら公務所が本当に嘘の碑を使用しているのか明確にしてほしいと訴えましたがそれは、嘘の碑を韓国が利用していると言う判示がなされれば韓国が言う強制連行と慰安婦問題に対するこれまでの発言の根拠が覆るからです。
とにかく裁判所から送達される判決文を待って控訴の是非を決めたいと思います。
これまで多くの皆さんにから声援を送っていただき有難うございますこの戦いは一人だけの戦いではなく多くの皆さんと共に戦っている事を実感して感謝しています。

奥茂治氏は、2017年3月朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した、吉田清治が1983年12月に著書の印税で、忠清南道天安市の国立墓地内「望郷の丘(韓国語版)」に建立された謝罪碑の文面を、奥が吉田の長男から依頼され、深夜に国立墓地に侵入し、元の碑文の上に横幅120センチ、縦80センチを3分割した「慰霊碑 吉田雄兎 日本国 福岡」と韓国語で記した別の碑を張り付け、管理事務所に置き手紙を残して帰国した。翌月、韓国の天安西北警察の刑事から電話連絡があり、出頭を求められ、6月24日、午後3時47分に仁川国際空港到着後、空港内で身柄を拘束される。 その後、警察、検察の取り調べを受けたが、処分が決定せず80日前後出国禁止処分が解かれず軟禁状態であったが、9月14日に公用物損傷と建造物侵入の罪で在宅起訴された。

負の遺産が残る-長男にとって耐え難いこと

韓国警察に一時拘束された奥茂治氏が出国禁止となってから50日以上が経過し。拘束されると分かっていながらなぜ、韓国に来たのか。そもそも謝罪碑を書き換えた動機は何か。出国禁止生活はどんなものか。記者のインタビューに対し奥氏が対応しました。

 --そもそもなぜ謝罪碑を書き換えたのですか
「15年ほど前から慰安婦問題について調べ始めましたが、ここまで日韓関係をこじれさせた原因を探ると、いつも『女性を強制連行した』という吉田清治氏の嘘に突き当たる」
「5年前、古本店で偶然、吉田氏の長男が書いた本を見つけたのをきっかけに長男とも知り合ったのですが、長男の口から出たのは『ソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去してしまいたい』との言葉でした」
「それほど父親がついた嘘に苦しめられてきたのでしょう。『原因は親父だ。負の遺産を取り除きたい。死んでも死にきれない』とも話していました」
「さすがに大使館前の像を撤去するわけにはいかず、1983年に吉田氏が著書の印税で建てた謝罪碑なら撤去できると思いつきました」

--実際には、撤去ではなく、謝罪碑の上に「慰霊碑」と刻んだ石板を貼り付けた
「実際、国立墓地に行ってみると、礎石に固定され、重機でなければ撤去できない。それで、3枚に分けた石板を貼り付けることにしました」
「3月20日夜11時ごろに現場に着いたのですが、石板1枚が約35キロ。休み休み担いで運ぶだけで約2時間かかりました。作業が終わったのは翌日未明の3時半になっていました」
「『もう一度やれ』と言われても、もうできません。今から振り返ると、よくまあ、やったと思います」

--管理事務所に事前に書き換えを申請せず、事後に手紙で伝えたのはどうしてですか
「最初は、申請しようと思いましたが、政治的なことから許可されない恐れがあった。そうすれば、嘘の碑がずっと残ってしまうことになる。それは吉田君(吉田氏の長男)にとって耐えられないことだと思いました」
《作業を終え、日本に帰国後、吉田氏が「強制連行した」と刻んだ碑文が虚偽と判明し、朝日新聞も記事を取り消したこと、日韓友好を妨げる負の遺産として碑文を「封印」した事実を通知するための手紙を管理事務所宛てに送った》
「警察からも『先に届け出れば、罪にならなかったのに。順番が逆だ』と言われました。検察からは『罪になったとしても、碑をなくすことの方が重要だったんですね』と念押しされました」
http://www.sankei.com/premium/news/170818/prm1708180006-n3.html

朝日は記事を取り消したが謝罪は行っていません。記事に責任を感じているのなら、奥氏の行動は本来朝日が訴え碑文を封印するよう働きかけるのべきではないだろうか。

韓国人は嘘に怒るべき

 --取り調べでは何を聞かれたのですか
「『吉田氏の長男から指示されたのか』と聞かれました。長男との共謀を疑っていたのでしょう。ただ、長男は撤去を委任しただけ。事前に申請しないことを含め、全部、私独りが計画し、実行しました」
「長男の住所を確認するため、警察に長男に電話をかけるように言われたことがあります。韓国に来る意思はあるかとの警察の問いに(長男は)『韓国に行けば、銃殺されても仕方がない』と答えていました。父親の嘘によってそれほどの罪を負っているとの意味です」
「警察は『委任状は本物か』といったことを聞いていましたが、それだけです。長男が罪に問われることはないでしょう」

--他に聞かれたのは
「検察から、吉田清治氏の謝罪碑には『慰安婦とは書いていないが』と尋ねられました」
「碑が建立された83年当時、韓国では、慰安婦問題がほとんど問題になっていなかった。吉田氏や『反日的な日本人』が騒ぎ立て火をつけたのだという過去の状況を説明しました」
「慰安婦問題を政治的に利用しようとした日本人がいる。韓国人は本来、こうした嘘に怒らなければいけない立場のはずです」

--検察や警察には理解されましたか
「取り調べを受けているうちに吉田証言が慰安婦問題に与えた影響や、朝日新聞が嘘の証言の記事を取り消したという事実が韓国でほとんど知られていないと実感しました」
「ただ、警察や検察はそうした状況をよく勉強しようとしていて、真実を把握しようという努力がうかがえました」

--韓国の捜査機関はそんなに誠実なのですか
「『あなたに有利になりますから』と記事を取り消した記事を情状証拠として朝日新聞から出してもらうようにも言われました。朝日のソウルの支局を訪ねたところ、『日本人スタッフが出払っている』と言われましたが…」
「朝日新聞は、韓国の新聞社に広告を出すなど、記事を取り消した事実を韓国にもっと説明する努力をしてもいいと思います」http://www.sankei.com/premium/news/170818/prm1708180006-n4.html

奥氏の行動は無断で公共の碑文を書き換えたので確かに犯罪行為であります。しかし、先ほども言いましたが、朝日が罪を認め、嘘の証言であったと周知させていれば、長男の苦しみや奥氏の行動はなかったと思いませんか?

尚、この一連の関連についての朝日の記事がこれだ。

韓国で碑損壊、邦人を起訴

韓国検察は14日、忠清南道(チュンチョンナムド)天安(チョナン)市の国立墓地「望郷の丘」内の碑を損壊したとして、元海上自衛官の奥茂治氏(69)を、身柄を拘束しないまま、公用物件損傷と建造物侵入の罪で起訴した。奥氏が明らかにした。

警察によると、奥氏は今年3月、望郷の丘を訪れ、戦時中、日本に労務動員されて亡くなった人たちを追悼する「謝罪碑」の上に「慰霊碑」と記した石板を張り付け、壊した疑い。謝罪碑は国の所有で、無断で形状変更した場合、罪に問われるという。奥氏は朝日新聞の取材に「法廷で慰安婦を巡る問題点を訴えていきたい」と語った。関係者によると、碑は故吉田清治氏が1983年、「徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人」としての謝罪を刻んで建立した。吉田氏は生前、戦時中に済州島で女性を慰安婦にするため無理やり連行したと証言。朝日新聞は2014年、吉田氏の証言を虚偽と判断し、関連する記事を取り消した。https://www.asahi.com/articles/DA3S13133539.html

韓国国立墓地の碑損壊、元自衛官に懲役1年求刑

韓国の忠清南道天安(チュンチョンナムドチョナン)市の国立墓地「望郷の丘」内の碑を損壊したとして、公用物件損傷などの罪に問われた元自衛官の奥茂治氏(69)の公判が21日、大田地裁天安支部で開かれ、検察は懲役1年を求刑し、即日結審した。判決は来年1月11日に言い渡される。

検察によると、奥氏は今年3月、望郷の丘を訪れ、戦時中、日本に労務動員されて亡くなった人たちを追悼する「謝罪碑」の上に「慰霊碑」と記した石板を張り付けた。碑は故吉田清治氏が1983年、「徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人」としての謝罪を刻んで建立した。

検察は公判で「両国間の対立を招きかねない」と指摘した。

吉田氏は生前、戦時中に済州島で女性を慰安婦にするため無理やり連行したと証言。朝日新聞は2014年、吉田氏の証言を虚偽と判断し、関連する記事を取り消した。https://www.asahi.com/articles/ASKDP5TKRKDPUHBI020.html

この記事を見て皆さんはどう思いますでしょうか?私は他人事で吉田証言に関してこれっぽっちも責任を感じていないように思えます。

そもそも朝日が記事にした「吉田証言」とはなんぞや?という人のためにも少しだけ紹介します。

吉田 清治(よしだ せいじ、1913年(大正2年)10月15日 – 2000年(平成12年)7月30日)、本名:吉田 雄兎(よしだ ゆうと)は、福岡県出身とされる文筆家。
1982年(昭和57年)以降、吉田は戦時中に済州島などでアフリカの奴隷狩りのように若い朝鮮人女性を軍令で捕獲・拉致し、強制連行したと著書や新聞や講演などで語り、日本、韓国、アメリカなどで、何度もそのことを証言して来た。自著では当時の命令書の内容まで詳細に記載している。
これについて済州島の「済州新聞」が追跡調査し、当時そうした「慰安婦狩り」を住民が聞いた事がないという証言を得て、吉田証言は事実ではないと報道。その後、秦郁彦らも追跡調査を行い、同様の結論にいたった。

1993年5月、それに対し慰安婦制度を批判している吉見義明が吉田を訪ね積極的に反論するよう勧めたが、吉田は「日記を公開すれば家族に脅迫などが及ぶことになるのでできない」としたうえで「回想には日時や場所を変えた場合もある」と発言したため、吉田の回想は証言としては使えないと吉見は確認した。こうして、吉田本人も創作を交えたので事実ではないことを認め、その後も真実は明かしていないため、吉見義明の他にも上杉聰(日本の戦争責任資料センター事務局長)も「吉田証言」は歴史証言としては採用できないとしている。

1983年(昭和58年)以降、吉田証言を16回にわたって記事にしてきた朝日新聞は、2014年8月5日に吉田証言を虚偽と判断して、すべての記事を取り消した。

吉田自身はすでに平成8年の週刊新潮(5月2・9日合併号)のインタビューで「本に真実を書いても何の利益もない」「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやっている」と捏造(ねつぞう)を認めていた。

吉田が捏造を認めたのが平成8年すなわち1996年です。しかし、朝日が虚偽と判断して取り消したのは2014年と実に20年の誤差があります。碑文が建立されたのは1983年ですから吉田が虚偽を認める前だから仕方ないとしても24年前にしかるべき対応をしてこなかった朝日の責任は甚大であります。ネットでも多く見られますが、朝日がしっかり対応していれば歴史を見直していたかもしれない。慰安婦問題も日韓合意も、下手すれば反日や反韓もここまでには至らなかったかもしれません。

奥氏の行動は法的には罰せられるべき所業ではありますが、一人の日本人として彼の勇気と愛国心には敬意を表したいと思います。

そして、メディアは奥氏の一連の行動から裁判までもっと報道せよと強く言いたい。

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