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民進党分裂までの経緯、前原誠司の二重党籍の奇策を雲散霧消させた小池百合子の排除と選別、振り回された「連合」

連合 神津会長が著書 民進・希望 合流の内幕明かす

連合の神津里季生会長の著書「神津式 労働問題のレッスン」(毎日新聞出版)が20日発売される。昨年の衆院解散直前の9月26日夜、民進党の前原誠司代表(当時)と希望の党の小池百合子代表(同)による合流協議に同席した経緯などを明かした。当初は合流希望者が「二重党籍」のまま希望の公認を得る構想だったという。
「サンデー毎日」の連載コラム「暮らしの底上げ」書籍化に際し、心境や野党再編の経緯を書き下ろした。

協議に同席した理由について「普通なら間接的に進めた」としつつ「一刻を争う状況で直接アプローチせざるを得なかった」と説明。「会談の大半はその点(二重党籍)に費やされた。この時点では前原氏が押しきっていた」と明かした。前原氏は当初、自由党の小沢一郎共同代表も同席予定だと伝えてきたという。

その後の「合流の際は民進を離党」との決定を受けて直談判した場面も紹介。神津氏が「無所属で出ざるを得ない方を救うためにも民進党の名で選挙に出られるようにしてください」と迫ると、前原氏は「決定を変えろというのは私に辞めろと言っているのと同じ」と気色ばんだという。https://mainichi.jp/articles/20180220/k00/00m/010/152000c

神津式労働問題のレッスンより

プロローグ

もう時間は遅いし、今日は無理だな。前原代表とは明日あらためての話しとなるが、しかし悠長に構えられる状況ではない。そんなことに頭を巡らしていた時に胸ポケットの携帯電話がプルプルとふるえた。

「連絡がきました。今から会いに行きますが、おでになれますか」張りのある前原代表の声を聞いてかろうじて間に合ったこのタイミングを大事にしようという思いが即座に口をついて出た。「わかりました。どちらに向かえばいいでしょうか」物事が大きく動くときはこんな感じなのかなと思いつつ、そして期待感やその一方での不安感、もろもろの感情を飲み込みながら、指定の場所に向かうこととした。

時は2017年の秋、安倍総理の解散予告の記者会見があり、そして見事にその出鼻をくじいた小池代表の「希望の党」立ち上げの記者会見があった9月25日の翌日のことである。

労働組合の歴史はしばしば政治の歴史と並行してとらえられる。しかし間違えてはならない。労働運動と政治はあくまでも別物である。当たり前の話しであるが、相互に越えてはならない矩があるということを、私自身人一倍意識しているつもりだ。このときにあってもそのことを肝に銘じつつ、しかしどうしてもはっきりさせなければならないことが私にはあった。

用意された都内のホテルの一室で話は始まった。既にこの日までに前原代表と小池代表の間である程度の話しは進められており、私もその概要は昼間の時間に前原代表からお聞きしていた。

党内でもごく限られた人の範囲で相談されていたというその内容は、民進党と規模の党との事実上の合流という、驚くべき奇策である。政治家の重たい判断に対し、本来私たち労働組合は、「もっとやってくれ」とか「絶対にやめてくれ」などと口を出すべきではない。その一方で私たち連合は、自らの政策の実現を図るために、考え方を共有する民進党に対して最大限の応援を重ねてきている。闇討ちのような解散に対して身を捨ててでも現在の政治の流れを変えていこうとする前原代表の決断は重たいものであったが、「希望の党」は果たして政策・理念で私たち連合と結び合える存在なのか?

連合は「政治」に正面から向き合う存在である。その理由はたった一つ。連合の持つ政策を実現し、働く者本位の社会を実現していくためである。驚くべき奇策の渦中にあって、これがそのことを担保するものであることは最低限確認しておかねばならない。普通であれば前原代表経由で間接的に進められたであろうその作業は、解散まで二日を切ったという一刻を争う状況のなか、三者会談で直接アプローチせざるを得なかった。

図らずも、このあと一連の混沌を生じる狂騒曲の開幕前夜に立ち会う事となったのである。

ここで懸念されたのが政策・理念が「希望の党」と「連合」と結び合えるのかである。それは連合だけでなく、民進党員を引き連れる前原氏も同じであったが、この時点では細部にまでは固まっていない状況であった。

 当然、希望の党は小池氏のカラーが押し出されるため、肌の合わない議員などが発生してくるはずである。そういう人たちの為に前原氏は二重党籍という、民進党という党籍を持たせつつ希望の党の公認を受けるといった方法を画策していた。自民党一強に終止符を打つため、野党再編の為に前原氏が考えた奇策であったのだが、神津氏もこれには賛同する意思があったようである。

 民進党と小池新党が合流することにより打倒安倍政権はこの時までは現実味を帯びていて、連合も希望の党の応援に回るかどうか思慮していたのだが、小池氏の「排除発言」ですべてが雲散霧消となる。

 これにより民進党内でも混乱が起き、一方では希望の党の選別・排除が粛々と進められる。公認から候補者からは行き場がなくなり前原氏に「無所属で出ざるを得ない方々を救うためにも、民進党の名前で選挙に出られるようにしてください」との声もあったのだが、既に両院議員総会で決定済みだったので、「それを変えるのは私に辞めろと言っているのと同じです」と前原氏は民進党の名前で選挙を戦う事を拒むのでありました。

 その一方で、希望の党とは政策・理念がはなから合わない枝野氏により同じ理念の同志が集まり「立憲民主党」が誕生した。

 立憲民主党は「踏み絵を踏まず政策理念を貫いた」と選挙で躍進したのだが、一方の希望の党は小池氏の「排除発言」とむずからの政策理念を捻じ曲げて踏み絵を踏んだことに批判を受け大惨敗に終わった。前原氏の目論見では本来共に闘うべき民進党員がくっきりと明暗が分かれ、事実上の民進党分断となってしまった。

連合も最後まで振り回される形となってしまい、希望の党の結党メンバーの支援は行わず、旧民進党のメンバーを個別に応援する形をとる形であった。連合の支援を受けられなかった結党メンバーはことごとく落選していくのであった。

民進党の分裂は前原代表の想定内だったのか?

小池都知事の率いる希望の党との合流を表明した民進党の前原代表。それにより民進党は合流派と立憲民主党に分裂しましたが、一連の現象は前原代表にとって想定内だったのか、選挙取材で今最も政界に精通している鈴木哲夫さんが解説します。

高嶋)希望の党について伺いたいのですが、私は最初手品に見えましたけど前原さんが小池さんと組んで民進党を解党してしまう、希望の党に皆を移すという、あの一部始終というのはもう詳しいことは入って来ているのですか?

鈴木)断片的にであったり、もちろん本人もいろいろと語ったりしていますけれども、本当にそれが本心かどうかは分からない。ただ前原さんの周辺とか近い人たちへの取材は徐々にしています。

高嶋)前原さんはしてやったりなのですか? やられたのですか?

鈴木)本人はこのやり方は間違っていなかったと思っているでしょう。ただ、結果的に分裂をして民進党は立憲民主党と分裂しましたよね。ある意味では小池さんが選別したというか、排除というか、政策協定で踏み絵をさせるようなこともしましたよね。そこまで来るというのは予測していなかったのではないかと僕は思います。だからそれを以て「騙された」というような言い方をする人もいるのだけど、そこまででは無いように僕は思いますけどね。http://www.1242.com/lf/articles/75094/?cat=politics_economy&pg=asa

そんな希望の党が、その後玉木雄一郎氏を共同代表とし、事実上希望の党を乗っ取った形となったのだが、その行為が支持を受けられず支持率を0%台まで落としてしまい。結局は民進党と合流し、「国民民主党」なるものを立ち上げるのだった。

一体何がしたいのであろう。野党編成で自民党一強に立ち向かうはずだったのが、結局は味方同士でゴタゴタを生じさせ、結局は自滅の道を歩んでいる。

国民も昔と違いあらゆる情報が入手できる今では、このような行動には冷ややかな視線で見るしかないので、それがそのまま支持率になる。現に国民民主党の支持率は1+1=2にはならず、下げることとなってしまった。

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