
「萎縮」という言葉に逃げるメディアを一喝――高岡達之氏の発言が示す、教育の「中立性」の本質
教育基本法第14条(教育の政治的中立)を巡り、一部メディアが唱える「教育現場の萎縮」に対し、ジャーナリストの高岡達之氏が放った「これを萎縮だと取る方が、私は何を萎縮するのかと、逆にそう報じるメディアにも問いたい」という発言は、報道のあり方と教育の本質を突いた極めて真っ当な指摘である。
この発言が高く評価されるべき理由は、主に3点ある。
「萎縮」を言い訳にするメディアと教育現場の盲点
第一に、「ルール遵守」と「萎縮」の混同を正した点である。同法が禁じているのは特定の政党への加担や偏った思想教育であり、政治的教養を教えること自体はむしろ推奨している。多様な視点を公平に提示するという教師のプロ意識さえあれば恐れる必要はなく、「萎縮」を言い訳にする姿勢に疑問を呈したのは正論である。
第二に、「被害者構図」を作りたがるメディアへの警告である。一部報道は、法や行政の動きに対し過剰に「自由の危機」「現場の萎縮」と煽りがちである。高岡氏はメディア側に刃を向けることで、客観性を欠いた報道こそが現場に不要な恐怖心を植え付け、思考停止を招いているのではないかと鋭く告発した。
第三に、「質の高い主権者教育」を促す呼び水となる点である。「何を恐れる必要があるのか」という問いかけは、教育現場に対し「萎縮」という言葉に逃げず、堂々とルールの中で質の高い授業を展開してほしいという、期待の裏返しでもある。
「中立を守る」とは、政治を避けることではなく、「あらゆる意見を公平に並べ、子どもたち自身に考えさせる」ことである。高岡氏の発言は、安易なステレオタイプに流されがちな議論に冷徹な正論を突きつけ、教育現場とメディアの双方に「毅然とした中立」の覚悟を迫る良論である。


