【炎上】玉城知事、遺族の問いに「実質ゼロ回答」で火に油「あまりに不誠実」の声




沖縄県名護市辺野古沖でのボート転覆事故により、同志社国際高校2年の武石知華さん(17)が亡くなってから約1か月。最愛の娘を失った父親が、ネットの投稿プラットフォーム「note」で玉城デニー知事へ投げかけた真摯な公開質問に対し、知事が示した一連の対応が「あまりにも不誠実だ」として激しい批判を浴びている。

遺族の問いかけは、きわめて理性的かつ建設的なものだった。「もし沖縄県が辺野古への基地移設問題を平和教育の題材とするなら、知事としてどのような取り上げ方とコース設計を推奨するか」。娘の死という深い悲しみの中で、これからの若者が安全に、かつ偏りのない視点で学べる「具体的な対案」を、辺野古移設反対を政治の核心に据える知事本人に求めたのである。

しかし、玉城知事から返ってきたのは、遺族の覚悟や苦悩をはぐらかすような「実質ゼロ回答」であった。

知事は8日の会見で、当初遺族の文章を読んでいなかった批判に対し「見ないという意味ではない」と苦しい釈明を展開。その上で、父親の具体的な問いに対して「学生たちが自分で見て聞いて考えて、みんなで話し合うプログラムがあってしかるべき」との見解を示した。一見すると正論だが、これは教育の一般論を並べ立てたに過ぎない。遺族が求めた「知事ならどう設計するか」という核心のアイディアや具体策には一切触れず、綺麗事の総論で煙に巻いたのである。

この姿勢が「冷淡」と批判されるのは当然だ。知事は5月下旬、国が同校の活動を「政治的中立性違反」と判断した際には「踏み込みすぎだ」と即座に国を批判していた。国を叩くパフォーマンスには驚くべき迅速さで便乗しながら、いざ活動の現場で起きた悲劇の当事者から具体的な責任や見解を問われると、台風を言い訳に後手に回り、最終的には中身のない回答で対話を避ける。こうしたダブルスタンダード(二重基準)こそが、遺族への冒涜であり、政治家としての倫理観の欠如であると指弾されているのだ。

遺族が命がけで求めたのは、政治的な「かわし」のテクニックではない。自らが推進する運動の影で起きた悲劇に対する、血の通った当事者としての責任ある回答である。今回の知事の「ゼロ回答」は、その期待を無残に裏切る結果となった。




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