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【同志社国際高が沖縄研修旅行中止へ】今回の中止は一校の判断だが、沖縄の平和教育の中身が変わらなければ、全国の学校が沖縄を避ける火種になりかねない




同志社国際高校が今年度の沖縄研修旅行を取りやめる方向で調整している。昭和57年以来、コロナ禍を除いて続いてきた伝統だ。今回は一校の判断だが、沖縄の平和教育の中身を変えなければ、同じ判断はほかの学校にも広がりうる。

中止の直接の理由は、今年3月の辺野古沖転覆事故である。平和学習の一環で生徒を乗せた小型船が転覆し、同校2年の女子生徒と船長が死亡した。船は米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する団体が運航する抗議船だった。学校側は下見をせず、安全管理を船長に委ね、教員は同乗しなかった。文部科学省は5月、この平和学習を教育基本法が禁じる政治的活動に当たると認定した。こうした認定は初めてだった。

文科相は「極めて異例の事態」と繰り返し、沖縄戦の惨禍を扱う平和学習まで萎縮させる必要はないと述べている。学習指導要領にも、沖縄における戦争の惨禍を教えることは位置づけられている。問題は平和学習そのものではない。抗議活動に使われる船へ生徒を乗せ、片方の見解に偏った扱いをした点である。

その区別が現場で共有されなければ、学校はリスクを避ける。すでに兆しはある。文科省の見解後、平和学習の案内業者には「沖縄戦に特化してほしい」「基地の話は外してほしい」という要望が寄せられた。県立校でも、抗議活動の現場で議論になりかねないとして基地見学を取りやめた例が出た。事故と認定が重なった結果、「沖縄の平和学習=安全面でも中立性でも説明しにくい」という印象が生まれつつある。

ここで取り違えてはならない。基地反対の声を紹介するな、という話ではない。沖縄に米軍施設が集中し、騒音や事件、過重負担があることは事実である。同時に、なぜ基地が置かれ、周辺の安全保障環境がどう変化し、県民の間でも意見が分かれているかも事実である。反対を教えることと、反対運動の現場に生徒を乗せることは別である。前者は教育になりうる。後者は参加に近づく。

広島の平和学習が学校に選ばれやすい理由は、題材が主に被爆の実相と証言にあるからだ。現在進行形の政治活動に生徒を預ける形にはなりにくい。沖縄は沖縄戦という過去と、基地という現在が同じ土地にある。だからこそ、歴史の継承と現在の政治活動を分け、多角的に考えさせる設計が要る。分けなければ、学校は「偏り」と「事故」の両方を恐れて行き先を変える。

火はまだ消えていない。消えるかどうかは、受け入れ側が中身を改められるかにかかっている。県の受け入れ指針、ガイド育成、安全基準、賛否の分かれるテーマで両方の見解を示すかどうか。そこが変わらなければ、同志社の判断は例外ではなく、火種になる。沖縄戦を次の世代に残すためにも、平和の名で一方の運動へ生徒を近づけるやり方は見直すべきである。




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