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川内博史氏の「けじめを付けたまえ」は誰に向けるべきか 中道合流を自ら選んだ当事者が野田氏だけを責める矛盾




8月31日、中道改革連合、立憲民主党、公明党による3党合流が断念された。この報道を受け、川内博史氏はXで「野田佳彦氏に告ぐ。『けじめを付けたまえ』」と投稿した。

中道改革連合の結党を主導した野田氏に責任を問うこと自体は理解できる。しかし、川内氏自身の当時の判断を振り返ると、この言葉には大きな疑問が残る。

中道改革連合の設立が発表された1月16日、川内氏は地元テレビの取材に対し、「規約や綱領をみて判断する」としながら、「参加する方向で前向きに検討している」と明言した。翌17日にはXで「今回の中道連合は『平和と民主主義を徹底的に守る』為の党です」「差別と排外主義を許さない」などと新党を評価している。さらに18日には立憲民主党鹿児島県連の会合で中道から出馬する方針を説明し、19日には立憲民主党への離党届と中道改革連合への合流届を提出した。

つまり川内氏は、中道構想に反対して外から批判していた人物ではない。規約や綱領を確認したうえで、自ら参加を選択した当事者である。

もちろん、野田氏の責任が軽くなるわけではない。中道改革連合の結党を主導し、政策の擦り合わせが十分とは言えないまま選挙に突入した結果、野党側に大きな混乱を招いた責任は問われるべきである。

しかし、参加するかどうかを最終的に判断したのは個々の議員でもある。実際、原口一博氏は結党直後から中道への参加を拒み、独自の政治団体を立ち上げて選挙に臨んだ。結果は落選だったとしても、少なくとも中道への参加については一貫した判断を示した。

だからこそ川内氏が今、野田氏に「けじめ」を求めるのであれば、同時に問われるべきなのは自身の判断である。「なぜ当時は参加を選んだのか」「どの時点で認識が変わったのか」。そこを説明せず、結党を主導した野田氏だけに責任を求めれば、「責任追及」というより「自らの判断を棚上げしている」と受け取られても仕方がない。

政治家が結果責任を問うことは当然である。だが、その責任は執行部だけが負うものではない。中道改革連合への参加を自ら選んだ議員にも、当時の判断を説明する責任がある。

「けじめを付けたまえ」と言うのであれば、まず自らの判断にもけじめを付けるべきである。




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