
中道元候補ら「惨敗は選挙前から分かっていた」⇒それならなぜ中道で戦った? 解体後に相次ぐ“後出し総括”
「失敗の後に出てくる言葉ほど、安い」
中道改革連合の解体が決まった後、兵庫県内の元候補や関係者から聞こえてきたのは、十分な総括というより、敗戦後の後悔だった。
しかし、ここで問いたいのは「なぜ失敗したのか」だけではない。「選挙前から分かっていた」のなら、なぜ中道の候補として立ったのか、という点である。
結党に加わり、公認を受け、その枠組みで選挙を戦った以上、その判断には本人の意思も含まれていたはずだ。問題があると感じていたのであれば、当時から異議を示すことも、少なくとも支持者に説明することもできた。敗戦後になって「もっと反対すべきだった」と語るだけでは、十分な総括とは言い難い。
「乗っ取られた」という表現についても同じだ。中道改革連合は、立憲側と公明側が協議を重ね、双方が結集を選択して作った枠組みである。選挙戦の進め方に不満があったとしても、その枠組みに参加したことまで外部の責任にすることはできない。
井坂信彦氏も「解体は予想していた。仕方ない」としつつ、「右派に対抗する勢力を作るチャレンジだった」と説明している。挑戦だったこと自体は否定されるものではない。だが、重要なのは、その挑戦にどれだけ勝算があり、政策や組織のすり合わせが十分だったのかを検証することだ。
公明側が「熟成期間」と表現し、立憲県連側が「解体はむちゃくちゃ」と嘆くのも、それぞれの立場からの発言だろう。しかし、必要なのは結果への感想だけではない。なぜこの結集を選び、なぜその選択が失敗したのかを自ら検証することだ。
乗るのも、乗らないのも、最終的には政治家自身の判断である。失敗した後に「見誤った」「もっと反対すべきだった」と語るのは簡単だ。難しいのは、選択する前に責任を持って判断し、選択した後は、その結果を自分の名前で引き受けることである。中道改革連合の解体をめぐって今必要なのは、後悔の言葉ではなく、責任ある総括ではないだろうか。
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