
在留資格がないのに「免許更新できないのはおかしい」? むしろその主張がおかしくないか
「免許更新できないのはおかしい」…。在留資格を持たない外国人13人が、運転免許の更新を認めない埼玉県の対応を不服として提訴したという報道には、強い違和感を覚える。
原告らは在留資格を持たず、入管施設の外で一時的に生活することを認められた「仮放免」の状態にある。当然、在留カードも持っていない。昨年10月の制度改正によって、外国人の免許更新時に在留カードなどの提示が必要となったため、更新できなくなったという。
これに対して弁護団は、「道交法には在留資格を基準に免許更新を認めるかどうかを判断する規定は存在しない」として、改正後の規則は違法・無効だと主張している。
しかし、この主張には大きな疑問がある。
そもそも日本に在留する法的資格を持たない人が、「以前は免許を更新できたのだから、今回も更新できるべきだ」と主張することに、どれほどの合理性があるのだろうか。
運転免許は、日本に住んでいる外国人なら誰でも当然に維持できる権利ではない。日本国内で自動車を運転することを国家が認める制度であり、その前提として本人の身分や在留状況を確認することに、何の不合理があるのだろう。
「通院できない」「生活に不利益が生じる」という事情も、制度の適法性とは別問題だ。生活に困るからといって、在留資格の確認を求める行政手続きを無視してよいことにはならない。
まして「在留資格はないが、免許は更新させてほしい」という要求になれば、在留管理と運転免許制度を都合よく切り離して考えているようにも見える。
もちろん、行政の規則が法律に反していないかを裁判で争う権利まで否定する必要はない。しかし、裁判で争えることと、その主張が社会通念上もっともなものかどうかは別である。
今回の問題で本当に問いたいのは、「なぜ免許更新できないのか」ではない。
むしろ、「日本に在留する資格がないにもかかわらず、なぜ日本国内で継続的に運転することを当然の権利として求めるのか」である。
日本で暮らす以上、日本の制度に従う。それは外国人であっても変わらない。自ら在留資格を持たない立場にありながら、従来の扱いを根拠に制度変更を批判し、「更新できないのはおかしい」と訴えることこそ、まず問われるべきではないだろうか。
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