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ラサール氏「4人殺した」発言を福島氏が容認…これが表現の自由の範囲内なのか?『人権』を語る政治家に問いたい




「死刑制度に反対すること」と、「死刑執行を担った法務大臣を『4人殺した』と呼ぶこと」は、同じ問題ではない。

社民党のラサール石井幹事長は9月19日の集会で、山下貴司法相について「前の法務大臣の時に2回死刑をやって、4人殺しています」と発言した。山下氏が前回法相を務めた2018年10月から2019年9月までに、2回、計4人の死刑が執行されたこと自体は事実である。

しかし、死刑は裁判で確定した刑罰であり、法務大臣が私的な判断で人を殺害することとは全く意味が違う。死刑制度を批判するなら、「国家による死刑執行に反対する」と言えばいい。それを「4人殺した」と表現すれば、法に基づく刑罰の執行と個人による殺人を同一視することになる。

ところが福島瑞穂党首は、この発言について「その人の表現の仕方の範囲内だ」と容認した。さらに「死刑は国家による殺人」と主張しながら、「個人で誰かを殺したのではなく、法務大臣として処刑をした」とも説明している。

ならば、なおさら疑問である。

「個人で誰かを殺したのではない」と分かっているのに、「4人殺した」という表現を政治家として許容するのか。表現の自由があるからといって、法に基づいて職務を遂行した人物を、まるで殺人犯であるかのように表現してよいことにはならない。

しかも、福島氏らが「人権」を強く訴えるのであれば、問いたいことがある。死刑判決に至った犯罪には被害者がおり、その家族がいる。加害者側の人権を語る一方で、被害者と遺族の人権や無念は、どのように考えているのか。

死刑制度への批判は自由である。しかし、法執行者を「4人殺した」と呼ぶことまで「表現の範囲内」として擁護するのは、果たして節度ある政治家の言葉なのか。

「人権」を掲げる政治家だからこそ、被害者と遺族の人権にも真正面から向き合うべきではないか。




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