
野田佳彦氏「中道は野合ではない」→わずか8カ月で空中分解…それでも失敗を認めないのか?
旧民主党結成から30年という節目を迎える中、日本経済新聞のインタビューで野田佳彦氏が語った「中道改革連合は決して野合と思ってない。公明党と立憲民主党の綱領は極めて近かった」という趣旨の発言が注目される。
野田氏は中道結成時にも、立憲民主党と公明党は綱領や基本政策で重なる部分があり、「野合」や「選挙目当て」と決めつけるのは不当だと説明していた。実際、中道は「生活者ファースト」などを掲げ、両党の政策をすり合わせて新党を立ち上げた。しかし、その後の展開を見ると、改めて問われるのは「理念が近かった」という説明の妥当性である。
中道は2026年2月の衆院選で大敗。その後、立憲民主党と公明党との合流協議も破談し、8月末には3党による枠組みそのものが崩れた。わずか8カ月ほどで、立憲系と公明系が再び別々の道を歩むことになったのである。
さらに象徴的なのが沖縄県知事選だ。中道は自主投票とした一方、立憲民主党は玉城デニー氏を支援し、公明党沖縄県本部は古謝玄太氏を推薦した。安全保障や基地問題をめぐる立場の違いが、実際の選挙対応にも表れた形だ。古謝氏が約15万票差で勝利したことを「中道への直接的な審判」と断定することはできない。しかし、少なくとも「両党は極めて近い」という説明に疑問を抱かせる材料になったことは確かである。
もちろん、野田氏は衆院選後に「痛恨の極み」と述べ、結果を厳粛に受け止める姿勢も示している。だからこそ必要なのは、単に「野合ではなかった」と主張し続けることではなく、なぜ短期間で枠組みが崩れたのかを具体的に総括し、まずはその失敗を認めることではないか。
野田氏が掲げる「与野党が拮抗し、政権交代の緊張感がある民主主義」を実現するには、選挙協力の技術だけでなく、重要政策について有権者に納得できる説明を示すことが欠かせない。理念の近さを強調するだけでなく、今回の再編がなぜ失敗したのか。そこを曖昧にしたまま新たな枠組みへ進めば、国民の政治不信を払拭するのは難しい。
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