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やっぱり活動家だった?落選した玉城デニー前知事が国会前の反戦デモに登場、県民生活より反基地活動だったのか




11月3日、日本国憲法の公布80年に合わせ、国会前で市民団体主催の街頭集会「主権者は私たち!11.3憲法大行動」が開催された。主催者発表で約1万4000人が参加したこの集会に登場したのが、沖縄県知事選で敗れた玉城デニー前知事である。

玉城氏は集会で、非核三原則の見直し論議に懸念を示し、「再び日本に、沖縄に、戦争の恐怖を持ち込んでくる」と発言。さらに「戦争は絶対にさせないという思いを、日本国憲法の下、大きな声にしていこう」と訴えた。

もちろん、反戦を訴えることも集会に参加することも本人の自由である。しかし、今回の姿を見て、知事時代から「活動家」と揶揄されていた理由を改めて考えた人もいるのではないか。

玉城氏は知事在任中、辺野古移設をめぐる政府への抗議や反基地活動に関する発信が目立っていた。一方で、県民生活に直結する経済対策や子育て、貧困問題などについて、どれほど県民の期待に応えられたのかという疑問は残る。

知事という立場にあった以上、求められていたのは反基地活動の先頭に立つことだけではなく、沖縄県民の暮らしを守り、地域の課題を解決する県政運営だったはずだ。

落選後も国会前で反戦を訴える玉城氏。その姿を見ると、知事時代から県民生活よりも反基地活動に重きを置いていたのではないか、という批判が出るのも無理はない。県民が求めていたのは、活動家だったのか、それとも県民のために働く知事だったのか。




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