
笑止!大敗北の野田前代表&リベラルさん「敗因は政治の推し活化!」と責任転嫁!→吉田茂、田中角栄、マドンナ旋風、小泉フィーバーを忘れたの??昔からですよ!
総選挙で大敗した野田前代表、それに中道改革連合を応援していたリベラル派等から「敗因は、政治の推し活化だ」と言う主張が出てきている。
しかし、だ。特定の政治家が人気を集めるのは、戦後以来、一貫して起きてきた現象なのだ。
単に野田前代表が不人気で、政策がポンコツだっただけなのだ。
責任転嫁を図る野田前代表とリベラル派の皆さん
自民党に対し、二度も大惨敗を繰り返した野田前代表。敗北から1週間も経ってから、ようやく自身のHPで総括を行った。しかし、その内容「高市早苗首相への期待感だけの『推し活』のようなイメージ論に選挙戦全体が支配された」と言う責任転嫁だったのである。(参考)
要するに、だ。野田前代表としては、「政治の推し活化」で自分の言う事を国民が効いてくれなかったと言いたいようなのだ。有権者をバカにしているにも、程がある。
しかも、これは、中道改革連合を支持するリベラル派からも「推し活」化したことで負けたと言う意見が複数出ている。
しかし、だ。政治の推し活化は、今に始まった事ではない。1950年代には、吉田茂首相が国民的な人気を獲得した。吉田のユーモアや独特の語り口はメディアで頻繁に取り上げられ、「吉田語録」や似顔絵が雑誌に掲載されるなど、政治家がキャラ化される現象が生じた。これは戦後復興期の象徴的リーダーを“推す”文化の萌芽といえる。どうして当時批判をしなかったのか?
1970年代には。田中角栄首相が熱狂的な支持を集めた。角栄は庶民的な語り口と豪快な政治手法で知られ、特に地元・新潟では英雄視された。彼の語録や評伝がベストセラー化し、政治家として異例の“ファン層”を形成した。角栄は推し活的な支持の先駆といえる。どうして当時批判をしなかったのか?
1989年頃には、「マドンナ旋風」「マドンナブーム」「おたかさんブーム」と呼ばれた社会党の土井たか子党首がブームとなり、都議選、参院選、衆院選で議席を伸ばした。どうして当時批判をしなかったのか?
2000年代に入ると、小泉純一郎首相が“フィーバー”と呼ばれるほどの人気を獲得した。小泉は「自民党をぶっ壊す」というキャッチーなフレーズや特徴的な外見でメディア露出が増え、若者からの支持も高かった。Tシャツや写真集など、キャラクター化されたグッズが登場し、政治家がポップカルチャー的に消費される現象が顕著になった。これは現代の推し活文化に最も近い事例である。どうして当時批判をしなかったのか?
要するに、だ。政治の推し活化は1950年代から始まっており、戦後政治の特徴である。どうして、今になって騒ぎ立てるのか。高市総理が嫌いだからと言って、まるで何もわかっていない無知な国民が無邪気に支持しているかのように「推し活」等と最近の流行語を使うべきではない。


