遺族の悲痛な問いをはぐらかす玉城知事――「沖縄のリーダー」としての資質を問う




沖縄県名護市辺野古沖のボート転覆事故で、同志社国際高校の武石知華さん(当時17)が犠牲になってから間もなく。遺族である父親がネット上で玉城デニー知事に投げかけた「公開質問」への対応をめぐり、玉城氏への批判が爆発している。「このような人物が沖縄県のリーダーのままでいいのか」という、知事としての資質や資格そのものを問う声が各方面から噴出している。

知華さんの父親は5月31日のnote投稿で、同校の研修旅行から「多様な意見を聞くプログラム」が排除され、「基地反対派の視点に偏っていった」という現場の客観的事実を指摘。その上で、辺野古問題を平和教育の題材とする際、知事として「どのようなコース設計を推奨するか」と真摯にただした。

これに対し、玉城氏は6月2日の取材で「見てはいないが、質問があるとは聞いている」と発言。事前に把握していながら内容を確認すらしていないかのような官僚的で冷淡な態度は、最愛の娘を失った遺族の切実な思いを踏みにじるものだ。さらに、記者から文面を読み上げられてもなお「内容の良し悪しの表現は控えたい」と言葉を濁し、具体性を欠く一般論へと逃げ込んだ。

玉城氏はそのわずか一週間前、文部科学省が同校の学習内容を「政治的中立性違反」と判断したことに対し、「沖縄の平和教育が偏向していることはない」と色をなして反論していた。しかし、身内の正当化には熱弁を振るう一方で、遺族から「偏向の現場」という不都合な真実を突きつけられると、正面からの対話を拒んだのである。

一人の尊い命が失われた事故への道義的責任や、当事者の声に向き合う姿勢がこれほどまでに不誠実でよいはずがない。自らの政治的スタンスの維持を優先し、個人の尊厳や教育の多角性を二の次にする独善的な姿勢は、県民や国民を守るべきトップとしてあまりに致命的だ。自説に都合の悪い声には耳を塞ぐ人物に、果たしてこれからの沖縄の舵取りを任せ続けてよいのか。玉城氏のリーダーシップは今、根本から問われている。




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