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【結局は何着ても…】高市総理の災害会見での服装・アクセサリーに批判集まる。岸田さんの時は作業服で「パフォーマンス」と批判されていた




最近、高市早苗総理の装いをめぐる批判がSNSなどで目立つ。熊本地震の対応に関連して、防災服を着ないことへの指摘が出た一方で、会見で真珠のネックレスを身につけていたことを「不謹慎」とする声もあった。こうした反応を見ると、政治家の服装やアクセサリーは「何を選んでも批判される」典型的なパターンだと改めて感じる。

まず防災服について。災害時に政治家が防災服を着ると「パフォーマンス」「作業するわけでもないのに」「コスプレ」と批判されやすい。実際、岸田文雄元首相が能登半島地震の際に官邸で防災服を着続け、新年会にもその姿で出席したときも、同様の批判が相次いだ。もしスーツで対応していれば、「緊張感がない」「被災地を軽んじている」と別の角度から攻撃された可能性が高い。過去に菅直人元首相も防災服で批判を浴び、細川護熙元首相は逆に「わざとらしい」とスーツで被災地を訪れて話題になった例もある。高市総理の場合も同じで、着ればわざとらしい、着なければ無関心と、批判したい側はどちらでも材料を見つけられる。

それよりも驚いたのが、真珠のネックレスへの批判だ。日本人なのに、真珠の文化的な意味を理解していないのか、と思わせる指摘が少なくない。日本ではお葬式や弔事で、結婚指輪以外にほぼ唯一許されるアクセサリーが真珠である。真珠は「涙の粒」「月のしずく」「神の涙」とされ、故人への哀悼や遺族への敬意を表す象徴として古くから位置づけられてきた。洋装の喪服が主流になるにつれ定着したマナーで、一連の控えめなネックレスが基本とされる。派手なダイヤモンドや色物は避け、真珠を選ぶこと自体が場をわきまえた選択だ。

高市総理の場合、普段から母親の形見の真珠を愛用していることが本人から明かされており、日本発祥の真珠養殖技術や産業をアピールする意図もある。災害対応の会見で身につけていたのも、厳粛な場にふさわしいフォーマルな装いとして自然に見える。それなのに「着飾っている」「心がない」と批判する声が出るのは、文化的背景を知らないか、知っていても「何でもいいから揚げ足を取りたい」という姿勢の表れだろう。

結局のところ、服装もアクセサリーも「本気度のアピール」や「視覚的なメッセージ」として機能する一方で、実態と乖離しやすいからこそ容易に批判の材料になる。着なければ無神経、着ればパフォーマンス。アクセサリーをつけなければ無関心、つければ不謹慎。こうした「どちらを選んでも怒られる」状況では、批判する側の政治的立場や感情が先にあり、装いを口実にしているだけ、という印象が強い。

本当に大事なのは、災害対応の指示内容や情報公開、現地への支援の迅速さといった中身だ。表面的な見た目の批判ばかりが盛り上がると、本質的な議論が霞んでしまう。政治家は「怒る人は怒る」と割り切って仕事に集中するしかないのかもしれないが、こうした揚げ足取りが減れば、もっと建設的な議論ができるはずだ。




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