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日経新聞、消費減税の閣議決定を受け「公約に拘泥。将来に禍根を残す愚策」⇒日経社説は民主主義を否定し、有権者を愚弄している




日本経済新聞が8月5日付で掲載した社説「消費税減税の強行は将来に禍根を残す」は、単なる政策批判を超えた内容だ。食料品の消費税率を2年間1%に引き下げる方針について、冒頭からこう断じている。

「衆院選公約に拘泥して副作用やリスクが大きい減税を強行するのは、将来に禍根を残す愚策でしかない」

この一文に、社説の本質が凝縮されている。

「拘泥」「愚策」「禍根を残す」…これらの言葉は、選挙で有権者が示した意思そのものを否定する語法だ。衆院選で自民党が掲げ、国民の支持を得て、党内手続きを経て閣議決定された政策を「必要以上にこだわりすぎている愚かで危険なもの」と切り捨てている。民主主義の根幹は、有権者が選挙を通じて政策の方向性を選択し、選ばれた政権がその約束を実行する責任を負うことにある。その過程を「愚策への拘泥」と一蹴するのは、選挙結果の正当性を事実上軽んじ、有権者の判断を間接的に愚弄するものだ。

社説は「政治家の公約が重いことは確かだ」と認めつつ、すぐに「課題が明らかになれば修正・撤回が責務」と続ける。しかし、その「確かだ」という一文は、続く強い断定によって完全に空文化している。公約を守ろうとする姿勢を「拘泥」と呼び、政策を「愚策」と決めつける以上、有権者への敬意は存在しない。

もちろん、メディアが財政リスクや副作用を指摘するのは重要な役割だ。財源確保の不確実性や社会保障への影響を論じることは、健全なチェック機能である。だが、今はまだ政府が「特例公債に頼らない」と明言し、財源確保に動いている段階だ。結果を先取りして「愚かだ」「禍根を残す」と断定し、選挙で示された意思を相対化する書き方は、監視を超えて立場の押しつけに近い。

有権者は白紙委任をしたわけではない。だからこそ、政策の実行過程を厳しく監視すべきだ。しかし、その監視が「有権者の選択自体が愚かだった」というメッセージになるとき、それは民主主義の否定に転化する。日経の社説は、まさにその一線を越えた。

新聞社の社説は意見表明の場である。だからこそ、単一の価値観に閉じこもりすぎず、選挙で示された意思と有権者の判断を尊重したうえで論じる責任がある。今回の社説は、その責任を果たしていない。




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