
総理周辺「マスコミは書いてくれない」⇒Xで直接発信⇒会見減少はメディアの自業自得では?
産経ニュースが報じた「高市首相が連日Xで経済政策の実績をアピール。首相周辺『マスコミは書いてくれない』」という記事をきっかけに、メディアと首相の関係をめぐる議論が改めて注目されている。
メディア側は、高市総理の記者会見やぶら下がり取材が歴代首相に比べて少ないと批判する。一方で総理側は、経済実績(GDP成長、インフレ抑制、実質賃金上昇、農産品輸出拡大など)が十分に伝わらないため、自らXで詳細に発信しているという。この対立の背景には、次のような構造がある。
1.メディアの役割と現実のギャップ
メディアの本来の役割は、政府・与党の失敗や不正を厳しくチェックすると同時に、政策の成果や有権者への恩恵を事実に基づいて公平に伝えることだ。
しかし現実には、一部の左派寄りと評されるメディア(朝日・毎日・東京新聞、共同通信など)を中心に、成果を相対的に軽視・矮小化し、問題点やスキャンダルに比重を置く傾向が強いとの指摘が根強い。
結果として「大事な情報(成果や恩恵)が十分に国民に届いていない」状況が生まれ、総理周辺の「マスコミは書いてくれない」という言葉は、単なる愚痴ではなく現実を漏らしたものだと受け止められている。
2.「支持率下げてやる」発言が象徴するもの
2025年10月、高市氏が自民党総裁に就任した直後、取材待機中に時事通信のカメラマンが「支持率下げてやる」「支持率が下がるような写真しか出さねえぞ」と発言した音声が生配信で流れ、大炎上した。
時事通信は自社カメラマンの発言と認め、厳重注意と謝罪をした。
この発言は個人の雑談だったが、朝日・毎日・東京・共同などの報道姿勢と「潜在的に同種」であるとの見方が広がった。意識的な「右に倣え」ではなく、似た教育背景や職業文化を共有する報道現場の空気の中で自然に出てきた言葉、という解釈だ。
3.敵視と監視の違い
権力を監視するのは民主主義の根幹だ。しかし一部メディアに「権力者を敵視する」傾向が強まると、監視が「落とすための選択的報道」に傾きやすい。
総理側もその空気を察知し、会見・ぶら下がりを減らし、自らSNSで発信する選択をしたのではないだろうか。プラス面を強調するのは政治家として当然であり、マイナス面ばかりを強調するメディアへの露出を減らすのも自然な反応である。
4.「会見が少ない」は自業自得か
以上の流れを辿れば、「会見が少ない」状態自体が、メディア側のこれまでの報道姿勢(潜在的な敵視や成果の軽視)が招いた結果である、という「自業自得」の論理は成り立つ。
メディアが広く公平に成果も含めて報じていれば、総理がここまで直接発信にシフトする必要は薄かったはずだ。
5.もっとも重要な原則
もっとも大切なのは、ありのままの情報を開示し、国民自身に判断させることだ。
この姿勢が崩れれば、メディアは「都合の良い事実だけを選別する洗脳機関」に近づいてしまう。
高市総理のX発信は、そうした状況への抵抗として位置づけられる面が強い。
総理はプラスを強調してよい。
メディアは広く公平に扱うべき。
この役割分担がきちんと機能していれば、今のような対立構造はかなり緩和されていたはずである。
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