
小川代表が「ファイブ爺」の尻ぬぐいで火中の栗を拾わされたのは同情する。だが、その栗を焦がしつつある責任は誰にある?
「中道・小川代表には「“ファイブ爺”の尻ぬぐいが火中の栗」3党合流断念で見えない党の未来」と報じられた。(※ファイブ爺は野田佳彦氏、斉藤鉄夫氏、安住淳氏、馬淵澄夫氏、西田実仁氏のこと)
2026年2月の衆院選直前、立憲民主党と公明党の衆院議員が合流して結党された中道改革連合は、選挙で大敗した。野田佳彦氏ら前執行部が残したのは、大幅に縮小した勢力と、衆院側と参院側、さらには地方組織との温度差を抱えた新党だった。その後始末を小川淳也氏が引き受けたのだから、「火中の栗を拾わされた」という評価は理解できる。
しかし、ここで一つ切り分ける必要がある。
前執行部の責任が重いことと、小川執行部の党運営をどう評価するかは、別問題だからだ。
小川氏は代表就任時、「火中の栗は、いちばん過酷な時にこそ拾うもの」という趣旨の姿勢を示した。ならば問われるのは、栗を拾った後に何をしたのかである。
実際、3党合流協議では、立憲側が組織的な合流を見送ったことで計画は白紙となり、公明党も単独合流を断念した。小川氏は「新しい形態」などを掲げたものの、最終的に中道を一つの政党としてまとめ切ることはできなかった。
また、結党直後には衆院副議長人事をめぐって調整が迷走し、泉健太氏が公然と不満を示す事態にもなった。複雑な事情を抱えた党をまとめる難しさが表面化した格好だ。
もちろん、すべてを小川氏の責任にするのは公平ではない。そもそもの合流を主導し、大敗という結果を残した前執行部の責任は大きい。
だが、「気の毒だった」という同情と、「代表として十分な党運営ができたのか」という評価は両立する。
「ファイブ爺」が中道を壊した責任と、その後に残された党を立て直せなかった責任は、分けて考えるべきだ。
火中の栗を拾ったことは認めよう。だからこそ、その栗をどう扱ったのかもまた、政治家として問われなければならない。
前執行部が栗を火の中に投げ込んだ責任と、拾った後にそれを焦がしつつある責任は、別のものだ。今の中道が置かれている状況は、まさにそのことを示している。
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