
「女性だから」ではなく「この人だから」 有村治子氏の投稿こそジェンダー平等の本質ではないか
自民党の有村治子総務会長がXに投稿した、女性閣僚の登用に関する考え方が実に本質を突いている。
有村氏は、男性だから、女性だからという理由ではなく、「男女ともに的確な経験や志、専門性を持った人が、各々のポジションにつくのが健全な姿です」と明言した。
まさに、その通りではないだろうか。
ジェンダー平等とは、女性の人数を増やすことそのものではない。男女ともに選考の機会を平等に与え、そのうえで経験・実績・専門性・志を見極め、最適な人材を選ぶことこそ本質ではないか。
ここで明確に区別すべきなのが、「女性だから登用する」と「女性にも機会を与える」の違いである。
女性にも公平な機会を与えることは重要だ。しかし、女性の人数を増やすことを優先し、性別だけを理由に人選を行えば、それは平等というより女性優遇になりかねない。
とりわけ閣僚人事では、その影響は重大だ。適性を十分に考慮せず、人数合わせを優先すれば、政策判断の遅れや政治の停滞を招き、そのしわ寄せは国民に及ぶ可能性がある。
もちろん、女性だから能力が劣るという話ではない。むしろ逆だ。
高市早苗総理、片山さつき氏、そして有村氏。いずれも、女性であることだけでなく、政治家としての能力や専門性で評価されている人物だ。
高市総理の人事についても、有村氏は産経新聞の報道で、議員の発言や政策への考え方を調べ、「なぜこの人を選んだか」を説明できる材料を集めていると紹介している。人事は感覚ではなく、ファクトに基づくということだ。
女性の登用は重要だ。しかし、人数を増やすこと自体が目的になってはならない。
機会は男女ともに平等に。選考は経験・実績・専門性・志に基づいて最適な人材を。
「女性だから」ではなく、「この人だから」。
有村治子氏の投稿こそ、ジェンダー平等の本質を示しているのではないだろうか。
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