
玉川徹氏「国が無視」発言に違和感 辺野古承認と沖縄振興予算の事実は無視か?
沖縄県知事選の結果を受け、玉川徹氏が「沖縄の多くの人の中には、あきらめと無力感があるのではないか」とコメントした。さらに「県として反対と言っても、国がいやだと言えば無視される」「辺野古問題は争点になり得なかった。ここまで進んでしまえば」と発言したという。
しかし、この説明には違和感がある。まるで沖縄県が一貫して反対してきたにもかかわらず、国が一方的に押し切ってきたかのような印象を与えるからだ。
まず、事実関係を確認したい。辺野古の埋め立ては、2013年12月、当時の仲井眞弘多知事が正式に承認している。その後、翁長雄志知事が承認を取り消したものの、裁判でその取消しは違法と判断され、2016年12月の最高裁判決を経て、承認の効力が復活した。
つまり、辺野古問題には「国が勝手に進めた」というだけでは説明できない、正式な行政処分と司法判断をめぐる経緯が存在する。
さらに忘れてはならないのが沖縄振興予算だ。2013年12月、安倍晋三総理は仲井眞知事に対し、2021年度まで毎年3000億円台の沖縄振興予算を確保する方針を示した。実際、2021年度まで3000億円台の予算が確保されている。国が沖縄側との約束を一定程度履行してきたことも事実だ。
一方、2019年の辺野古県民投票では、反対が72.15%、43万4273票に達した。これは重い民意である。しかし、県民投票には国に埋め立てを停止させるなどの直接的な法的拘束力があるわけではない。
もちろん、県民の意思を軽視してよいという話ではない。問題は、こうした民意だけを取り上げ、正式な埋め立て承認、その後の司法判断、そして沖縄振興予算をめぐる国の対応まで無視して、「県が反対しても国が無視した」と説明してよいのかということだ。
沖縄の人々の「無力感」を論じるのであれば、まずは現在の状況に至った経緯を、都合のよい部分だけでなく事実に基づいて説明する必要があるのではないだろうか。
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