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米山隆一氏「日本も1947年建国になる」→竹田恒泰氏への反論になってる? 天皇が存在する日本と1949年の中国は同じなのか?




「日本も1947年にできたことになる」という米山隆一氏の主張は、本当に竹田恒泰氏への反論になっているのだろうか。

発端は、竹田氏が「中華人民共和国は1949年建国であり、80年前には存在しない。中国共産党と国家を混同していないか」と指摘したことだ。これに対し米山氏は、「政権が変われば国が変わるというなら、日本も1947年にできたことになる」と反論した。

しかし、ここには大きな論点のずれがあるように思える。

中華人民共和国は、自ら1949年10月1日を建国の日としている。現在の中国政府が1949年に成立したこと自体は、公式の歴史認識でも明確である。一方、日本では1947年に日本国憲法が施行されたが、日本という国家そのものが1947年に新しく建国されたわけではない。

何より日本では、政体や憲法が大きく変わっても皇位は継承され、天皇は現在も日本国の象徴として存在している。さらに日本国憲法そのものも、明治憲法第73条に基づく改正手続きを経て成立したものである。つまり、1947年は「日本という国が新しく誕生した年」ではなく、同じ日本という国家の統治制度と憲法が大きく変わった年なのである。

もちろん、中国については中華民国との国家的連続性をどう考えるかという難しい問題があり、単純に「1949年に中国という国家がゼロから誕生した」と断定できる問題ではない。

しかし、それと「日本も1947年建国になる」という話は別である。

政権や政体が変わることと、国家そのものが新しく成立することは同じではない。だからこそ、竹田氏の「中華人民共和国は1949年建国」という指摘を崩すために日本の1947年を持ち出すことが、本当に適切な反論なのかは疑問が残る。

米山氏の主張は、異なる性質の出来事を同じものとして比較しているだけではないのか。むしろ竹田氏の指摘に反論するための「こじつけ」になっていないか、改めて考える必要がある。



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