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大村知事「素晴らしい大会」「愛知・名古屋が更に飛躍」と自画自賛→“やり切った”のは本当でも、選手に迷惑をかけたことまで忘れていませんか?




愛知・名古屋アジア競技大会が10月4日に閉幕した。大会組織委員会会長を務めた大村秀章愛知県知事は、「全43競技、71種別、469種目という、東京2020オリンピックを上回る規模の大会をやりきることができました」と総括。さらに「いつまでも人々の記憶に残る素晴らしい大会」「愛知・名古屋が更に大きく飛躍していくものと確信しています」と胸を張った。

確かに、43競技469種目を最後まで開催したこと自体は事実である。世界記録やアジア記録も相次ぎ、競技面では多くの選手が素晴らしいパフォーマンスを見せた。

しかし、「大会をやり切った」ことと、「大会運営が素晴らしかった」ことは別の話ではないか。

今回、特に問題となったのが選手の宿泊や輸送である。従来の選手村を設けず、ホテルやコンテナ型宿舎、クルーズ船などに選手団を分散させた結果、部屋不足やチェックインの遅れ、バスが来ない、目的地を間違えるといったトラブルが相次いだ。海外メディアからも、選手の睡眠や練習、試合への準備に影響を与えたとの指摘が出ている。

もちろん、すべての問題が組織委員会だけに原因があるわけではない。実際、組織委員会は一部選手団の書類不備が乗船遅延につながったと説明している。

それでも、選手たちがこうした混乱を乗り越え、競技を成立させたことも忘れてはならない。「やり切った」のは主催者だけではなく、むしろ不十分な環境の中でも競技に臨んだ選手たちの努力があってこそではないか。

大会を総括するなら、「素晴らしい大会だった」という主催者側の自己評価だけではなく、実際にその舞台に立った選手たちがどんな環境で戦ったのかにも目を向ける必要がある。

競技を無事に終えた。それは喜ばしい。しかし、それを理由に運営上の問題まで帳消しにしてしまえば、次のアジアパラ大会への教訓にはならない。

「やり切った」という言葉の前に、まず「選手にどんな負担をかけたのか」を振り返ることも、大会を総括する側の責任ではないだろうか。




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