
小川代表「審議拒否は世の中の受け止めが単純ではない」も、簗国交相問題で結局また審議拒否? “様々工夫”の答えがこれなのか?
国会が召集されたばかりだというのに、早くも野党側から「審議拒否」という言葉が飛び出している。
問題となっているのは、簗国土交通相の予算カット発言をめぐる問題である。国交省は調査の結果、「圧力はなかった」としているが、簗氏が国交省幹部を議員会館に呼び出して予算配分について問い合わせたことは確認されている。
野党側は調査結果に納得しておらず、民主改革の会の階幹事長は、政治家と官僚が接触した際の記録が残っているはずだとして、面会時の記録提出を求める考えを示している。
ここまでは分かる。疑問があるなら記録を確認し、国会で政府側を徹底的に追及すればいい。
しかし、政府の説明次第では予算委員会の審議拒否も視野に入れているという。
「また審議拒否なのか」と思うのは筆者だけではないだろう。
何より気になるのが、民主改革の会・小川代表自身の発言との整合性である。
小川氏は前国会を振り返り、いわゆる審議拒否という手法について「世の中の受け止めがかつてほど単純ではない」「様々工夫は必要だと思いますが」と語っていた。
つまり、審議拒否という手法が以前のように単純に世論から支持されるものではないことを、野党側も認識しているのである。
それなのに、今回も結局「審議拒否」が選択肢として出てくるのは、一体どういうことなのか。
「様々工夫は必要」と言っていたのなら、その工夫とは何だったのか。疑惑や疑問があるたびに国会審議を止めることが工夫なのだろうか。
むしろ、疑問があるからこそ国会で質問し、政府の説明を引き出す。それこそが野党に与えられた役割ではないか。
「審議拒否は世論の受け止めが単純ではない」と自覚しているのであれば、なおさら同じ手法を繰り返すべきではない。
小川氏の言う「様々な工夫」の答えが、結局また審議拒否なのだとすれば、国民から「何も変わっていない」と見られても仕方がないのではないか。
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