大正論!佐藤優氏「日本人から教養が失われている!「健全な批判精神」が未熟!」と重要な指摘!!ただし、原因は我国の塾と受験戦争が原因なのでは???
「知の巨人」と評される佐藤優氏が、大正論だ!
今の我国の国民からは教養が失われ、健全な批判精神が欠如していると言うのである。これは重要な指摘だ!
ただし、佐藤氏はその原因を公的教育制度に求めるが、実際の原因は我国の塾と受験戦争が原因なのではないだろうか???そして大学も多すぎることも原因では???その原因は多々あるような気がする。
大正論!佐藤優氏「日本人から教養が失われている!「健全な批判精神」が未熟!」と重要な指摘!
佐藤優氏は、日本人から「教養」が失われている根本理由についてインタビューで語った。
その国の教養の高さは、その国の「投稿型のサイト」に表れるといいます。
たとえば「ウィキペディア」。ドイツやロシアのウィキペディアのレベルがとても高いのは、これらの国ではウィキペディアがアカデミックな領域として認識されているからです。一般の人はわきまえていて、書き込もうとはしません。ドイツのウィキペディアは、もはや百科事典のレベルです。
これに対して、日本のウィキペディアは多くの人が書き込みに参加している分、玉石混淆という印象です。間違いや誤字脱字は多いし、内容の薄いものも散見されます。決してレベルが高いとはいえません。
それから、以前は「2ちゃんねる」と呼ばれていた「5ちゃんねる掲示板」のようなサイト。ここまで誹謗中傷がオンパレードの掲示板は、ほかの国ではあまり見たことがない。
さらにはアマゾンの書評欄やYouTubeのコメント欄を見ても、日本人の書き込みは徹底的に著者を攻撃したり人格否定を平気でしたりしている。欧米では、このようなことはあまり見られません。
その通りだ!我国の投稿型サイトやレビューは残念な表現や内容が多いのは残念ながら事実である。
これを佐藤氏は日頃からの訓練を受けていないからだとする。
日本の場合、欧米のように日ごろからディベート(議論)をする習慣がないというのが大きいのかもしれません。本来のディベートは相手を侮辱するためのものではなく、批判し合うなかでお互いの「論理的な弱点」を見つけ出し、物事への理解をより深めていくための手法。建設的な意味での〝やり合い〟ですね。
ところが日本では少し批判的なことを書くとすぐ感情的になり、侮辱の応酬が始まる。しまいには、まるで子どものケンカのようになじり合う。議論することでお互いに知性をブラッシュアップするという感覚がありません。「健全な批判精神」が未熟なのです。
これからの時代、日本人が教養レベルを上げるには、欧米並みのディベート文化や健全な批判精神を育むことが大切になってきます。
確かに我国では議論をすると、すぐに感情的にむきになる方も多いし、表現も感情的なものが多いのである。これでは不毛としか言いようがないが、佐藤氏が指摘するように訓練を受けていないからと言うのはその通りであろう。
ルールも知らず、訓練もせずにサッカーをすれば無茶苦茶になるように、訓練せずに議論するから同じようになるのだ。
佐藤優氏「日本人から教養が消えたのは戦後教育!」と大指摘!!
この理由を佐藤氏は戦後の教育に問題があったからだとし、戦前の教育があった教養を学ぶべきとする。
一方、戦前の日本人の教養レベルはかなり高かった。
(中略)
戦後、アメリカは明治維新後の日本が急速に発展した理由は教育水準の高さにあったのではないかと考え、教育レベルを落とすことに腐心したといわれます。アメリカの教育改革により、日本の教育レベルは戦前より一段階、落ちてしまうことになります。
(中略)
社会人なら一般常識として、現代文や漢文、世界史、日本史、英文解釈、数ⅠAなどの授業を受けてみるのもいいでしょう。
それから学びたいのは「倫理」。世界中の思想家や哲学者の考えを知ることで、さまざまな思考の鋳型を学ぶことができます。
佐藤氏の高校レベルの内容をスタディアプリなどを使って学びなおせとの提案は興味深い。これは岸田総理も自著で主張している社会人の学び直しにも通じる内容だ。
しかし、だ。本当にそれだけなのだろうか???
ただし、原因は我国の塾と受験戦争が原因なのでは???
我国では、欧米に比べて社会に出てから必要ない勉強が多すぎると言う面を無視してはならない。それによって、優れた人の優れた部分や各人の長所が伸びないのである。学校教育も画一的なもので、本人の長所を伸ばすことに力点も置かれていない。
そしてさらに、なぜ必要ない勉強を強制されるのかと言えば、現実的には塾と受験戦争に原因があるのではないだろうか。ここでの勉強のレベルは非常に高い。でもこの勉強が社会に出て直接的に役に立っていないことは、多くの経験者が感じているはずだ。
海外では、家庭の予算が塾よりも家庭の海外旅行や見聞等の余暇に使われており、ここで海外のこどもは語学含めて教養を身に着けているのである。これは圧倒的な海外との差異だ。このことが子供の時代に20年間程度続くのである。これで海外の子供との差が出ないわけがない。
我国の所得が増えないのはこうしたところにもあるのだろう。実際に所得水準は、我国以外の受験戦争がない国の方が今や高く、この20年間で増えているし、こうしたことから鑑みても実際に見聞を深めた子供の方が稼ぐ力は身につくのであろう。受験勉強が得意でも、現実の回答のない問題には対応できない。それは外務官僚を見れば明らかであろう。
最近で本当に頭をかしげたことは、ワクチン証明書の英語版をどうするかといった課題だ。我国最高学歴の東大卒の方々が議論しているのだが、こうしたところでも本質的な学力や教養のなさが表れていたのではないだろうか。ワクチン証明書は初めから日本語と英語の表記であればすぐに解決したことだ。こんなこともわからず延々と議論がされているのだ。そしてこうしたことが我国の受験戦争の結果だろう。
岸田総理の所得倍増計画の成功のためには、こうした教育改革も絶対必要だろう。