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大学の安倍元総理を悼むコメントを批判した、近畿大学教職員組合

近畿大学が安倍元総理を悼むコメント発表した。これが何と近畿大学の教職員組合から批判されているのだ!

一体何が起こっているのであろうか???

安倍元総理を讃える世界、叩く国内メディア

安倍元総理が凶弾によって斃れた。
世界各国の指導者から多くの追悼メッセージが寄せられ、米議会上院は20日、「安倍氏の功績をたたえる決議案」を全会一致で採択した。

決議は、安倍元総理について「一流の政治家であり、世界における民主主義の不断の擁護者だった」とし、「日本の政治、経済、社会に加え世界の繁栄と安全のために消し去ることができない功績を残した」と讃えた。

しかし、日本国内では大手メディアを中心に、ことさら世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係を強調し、意図的に事件を宗教と政治の問題にすり替えようとしているとすら思える報道に終始し、野党は、ここぞとばかりにその流れに乗っている。

そんな中、政府は故安倍元総理の国葬を9月27日に日本武道館で行うことを決定した。この決定に対し、安倍氏嫌いの野党などが反対を表明し、メディアも国葬の問題点を指摘し始めている。

国際社会が安倍元首相の功績を讃え、その死を惜しむ中、日本国内では自らの国を代表する元首相の名誉を必要以上に毀損するという、なんともチグハグで不可思議な事態となっているのである。

これまでの野党やメディアの策謀を見ていると当然といえば当然だが、それを近畿大学という教育の現場にまで持ち込んだとなると、もはや好き嫌いの問題では済まされない事態である。

安倍元総理は、3月19日、近畿大学の卒業式にサプライズで登場し、約6,000名の若者を前にスピーチを行った。今となっては、最後の名スピーチとなった動画は、再生回数約380万と10万の「いいね」が付いている。

死去後に動画へのコメント数は増え続け、追悼の言葉とともに、「涙が止まりません」「このスピーチは絶対に忘れません」「心に刺さる」などの称賛が送られている。卒業式に参加した学生は、この時に語った安倍元総理の言葉が生涯の宝になることであろう。

そんな安倍元総理が凶弾に斃れ、増上寺で葬儀が執り行われた7月12日、近畿大学が以下のメッセージを出した。

国民が安倍元総理の死を悲しみ、追悼する中、近畿大学としても追悼メッセージを出すのは当然であるが、それを批判したのが、何と近畿大学の職員で構成される近畿大学教職員組合だったのである!

以下は、近畿大学教職員組合の TWITTER投稿文だが、安倍元総理を追悼するのが、学校が特定の政党を支持することを禁止している教育基本法違反だと主張している。

安倍元総理が、民主主義の根幹である選挙中に凶弾に斃れたこと、世界中が功績を讃え、その死が惜しまれている。何よりも、だ。ほんの4カ月前の卒業式に祝辞を頂いた、ご縁のあった方の死を大学として悼むことも許さないのか???

こうした組織が、未来ある大学生の教育の一翼をになうに相応しいのか大疑問を持ってしまう。

しかも、だ。近畿大学教職員組合のTWITTERには、以下のような投稿がある。

近畿大学教職員組合自らが上部団体であると認める東大阪労連とは、全国労働組合総連合の大阪支部出る大阪労連傘下の東大阪労働組合総連合のことだ。全国労働組合総連合は、警察白書からも「日本共産党の指導,援助により結成された」と指摘されているように、日本共産党と深いつながりがあるとされる。(参考

さらに、神野淳一氏(2021年日本共産党衆議院大阪13区候補、前東大阪市議会議員)のTWITTERには、近畿大学教職員組合と懇談する模様が掲載されており、関係があることを感じさせる。政治と教育が一緒に活動して良いのか?このことこそ問題でないのか?

また、近畿大学教職員組合のTWITTERは、共産党議員の投稿を数多くリツイートしている。これらの点から、特定の政治思想に基づいた組合活動が行われている可能性が高いと感じてしまうのは、考えすぎなのだろうか???

大学の運営に一々噛み付き、共産党との関係を隠さない背景には、「反安倍・反自民」という政治的な思惑が見え隠れしてしまうが、気のせいだろうか。

しかし、教育現場を自分達の主義主張を展開する場に利用し、政治目的を達成しようとしているかのように見えてしまう取り組みこそ、教育基本法の理念に反しているのではないだろうか。

もしも、だ。近畿大学の公式TWITTERがこうした行動を行い、安倍元総理の政治主張を大応援すれば、それこそ教育基本法の理念に反している。近畿大学教職員組合も、大批判していたのではないか??

実際は、むしろ近畿大学は理事長が安倍元総理に近かった世耕氏でありながら、中立を美事に維持しているが、教職員組合は、無用の誤解を避ける為に、そうした行動を見習うべきではないのか??

近畿大学における教職員組合の「政治的」な色を感じさせてしまう活動は、かつて日本を大混乱に陥れた大学紛争を想起させる。今後とも注視していかなければならない。

そして何よも懸念されるのが、こうした組織が、未来ある大学生の教育の一翼をになうに相応しいのか大疑問を持ってしまう。少なくとも、今回指摘した矛盾を説明するべきだ。これは今後何としても解決しなければならない問題だ。

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